安子島城
安子島城(あこがしまじょう)、または安子ヶ島城は、福島県郡山市熱海町安子島字南町にあった日本の城(平山城)。現在は建物はなく城跡のみ残る。
大森城
大森城(おおもりじょう)は、福島県福島市南部にあった戦国時代の日本の城。別名臥牛城と呼ばれている。JR南福島駅より西方約2km。
小高城
小高城(おだかじょう)は、福島県南相馬市小高区(令制国下:陸奥国行方郡小高)にあった日本の城(平山城)。別名「紅梅山浮船城」。福島県指定史跡。
搦目城
搦目城(からめじょう)は、福島県白河市藤沢山にあった日本の城である。搦目城は通称で、正しくは「白川城」という。「結城白川城」ともいう。国の史跡に指定されている(指定名称は「白川城跡」)。
北田城
北田城(きただじょう)は、福島県河沼郡湯川村にあった日本の城。「北田城跡」として湯川村指定史跡となっている。
桑折西山城
桑折西山城(こおりにしやまじょう)は、福島県桑折町にあった日本の城。現在の、JR桑折駅西部の丘陵一帯にあたる。戦国時代には、伊達氏が居城とした。城跡は国の史跡に指定されている。
名倉城
名倉城(なぐらじょう)は、陸奥国信夫郡名倉(現在の福島県福島市佐倉下)にあった城。 歴史的経緯は不明であるが、伝承によれば佐藤基治の一族である信夫治重(小治郎)が築城・拠点としたが、源頼朝の奥州合戦の際に行われた石那坂の戦いで治重は戦死したと伝えられている。 東西160メートル、南北200メートルと推定される平城で周囲を堀で囲まれていたが、城跡のほとんどが桑畑などの畑地や宅地となり、堀があったと思
二本松城
二本松城(にほんまつじょう)は、福島県二本松市郭内にある日本の城(平山城)。日本100名城の一つ。別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。平成19年(2007年)7月26日、二本松城跡として国の史跡に指定された。「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されている。
久川城
久川城(ひさかわじょう)は、福島県南会津郡南会津町にあった戦国時代から江戸時代初期の日本の城。遺構の保存状態が良好で、築城の歴史的背景が明確であることから、福島県史跡に指定されている。
桧原城
桧原城(ひばらじょう)は、福島県北塩原村にあった戦国時代の日本の城。別名小谷山城。1585年(天正13年)に米沢城主伊達政宗によって築城された。山頂部の標高は950m。現在は山頂部に空堀や土塁、郭、虎口などの遺構が残っている。
宮森城
宮森城(みやもりじょう)は、福島県二本松市小浜にあった日本の城。
三芦城
三芦城(みよしじょう)は、陸奥国石川郡泉郷(福島県石川郡石川町下泉泉郷川流域)にあった城館(日本の城)。平安時代後期から戦国時代にかけて石川郡を支配していた陸奥石川氏の居城である。別名石川城。
御代田城
御代田城(みよだじょう)は、福島県郡山市田村町御代田にあった日本の城。御代田館、三世田城とも呼ばれる。
三春城
三春城(みはるじょう)は、陸奥国田村郡(福島県田村郡三春町)にあった日本の城。三春町指定史跡。別名舞鶴城。三春藩の藩庁であった。
向羽黒山城
向羽黒山城(むかいはぐろやまじょう)は、陸奥国(福島県大沼郡会津美里町)にあった日本の城(日本最大級の山城)。城跡は国の史跡に指定されている。
八丁目城
八丁目城(はっちょうめじょう)は、福島県福島市松川町にあった戦国時代の城館(日本の城)。現在、山頂には愛宕神社、八幡神社が祀られている。山城としては保存状態が良く、土塁の跡が多数確認できる。
懸田城
懸田城(かけだじょう)は、陸奥国伊達郡懸田(福島県伊達市霊山町掛田)の茶臼山の山頂付近にあった中世期の日本の城。掛田城・茶臼城(ちゃうすじょう)とも表記する。 鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけて高松定隆の支配下にあった。定隆は正中2年(1325年)に杉目郷(現在の福島市)に高松城を築いて拠点としていたが、建武2年(1335年)に北畠顕家の命を受けて懸田に新城を築いて拠点を移した。その子孫は懸田
小手森城
小手森城(おでもりじょう)は、福島県二本松市針道にあった戦国時代の城館(日本の城)。現在は本丸跡に愛宕神社が祀られており、城跡各所に石垣や曲輪の遺構が残存している。