找到932座城堡
岐阜城
岐阜城(ぎふじょう)は、美濃国井之口の稲葉山(岐阜県岐阜市の金華山)にあった日本の城(山城)。もとは稲葉山城と言い、鎌倉時代以来の歴史があるが、本格的に整備されたのは戦国時代の斎藤道三の時期だと考えられている。織田信長が1567年の稲葉山城の戦いにより斎藤龍興から奪取し、本拠地を当城へと移し、その縄張りを破却して新たに造営したものが岐阜城である。『信長公記』に「尾張国小真木山より濃州稲葉山へ御越し
姬路城
被誉为白鹭城的世界遗产,现存12天守之一,日本最大的木造城郭。
人吉城
人吉城(ひとよしじょう)は、熊本県人吉市麓町(旧・肥後国球磨郡人吉村)にあった日本の城(平山城)。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。
島原城
島原城(しまばらじょう)は、長崎県島原市城内にあった日本の城。別名は「森岳城」や「高来城」。城跡は国の史跡に指定されている。
吉田郡山城
吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)は、広島県安芸高田市吉田町吉田にあった日本の城。安芸国の戦国大名・毛利氏の居城であった。城跡は「毛利氏城跡 多治比猿掛城跡 郡山城跡」として多治比猿掛城と共に国の史跡に指定されている。
彦根城
彦根城(ひこねじょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)にある城。江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つでもある(他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)。彦根八景・琵琶湖八景に選定されている。
春日山城
春日山城(かすがやまじょう)は、越後国頸城郡中屋敷春日山(現在の新潟県上越市春日山町)にあった中世の日本の城(山城)。主に長尾氏の居城で、戦国武将の上杉謙信の城として知られる。春日山城跡は国の史跡に指定されている。日本五大山城の一つとされることもある。
名護屋城
名護屋城(なごやじょう)は、佐賀県唐津市〈旧東松浦郡鎮西町・呼子町〉、東松浦郡玄海町(肥前国松浦郡名護屋)にあった日本の城。太閤豊臣秀吉が文禄の役を始める前に築かせた。現在、国の特別史跡に指定されている。平成18年(2006年)には日本100名城(87番)に選定された。
大阪城
丰臣秀吉修建的天下人之城,大坂夏之阵、冬之阵的历史要地。
松山城
屹立于四国的现存12天守之一,从山上俯瞰的景色与连立式天守令人叹为观止。
仙台城(青叶城)
由独眼龙伊达政宗修建的东北雄城,青叶山上立有政宗骑马像。
二条城
被列为世界遗产的德川将军京都居城,黄莺张廊和绚丽豪华的障壁画令人叹为观止。
松前城
松前城(まつまえじょう)は、西蝦夷地(渡島国津軽郡、のち福島郡の一部を編入で松前郡)福山(現・北海道松前町松城)にあった日本の城(平山城)。江戸時代、公式には福山城(ふくやまじょう)と記されたが、当時から備後福山城との混同を避けるため松前城とも呼ばれていた。
根城
根城(ねじょう)は、青森県八戸市根城にあった日本の城。国の史跡に指定。日本100名城の一つ。
白石城
白石城(しろいしじょう)は、宮城県白石市(陸奥国刈田郡白石)にあった日本の城(平山城)。別名益岡城(枡岡とも)。城は白石市指定史跡となっている。中世の頃は白石氏(刈田氏)の居館だったと伝わる。戦国時代末期に城主が何度か変遷し、江戸時代には仙台藩家臣の片倉氏の城となった。
忍城
忍城(おしじょう)は、埼玉県行田市(武蔵国埼玉郡忍)にあった日本の城。埼玉県指定旧跡。 室町時代中期の文明年間に成田氏によって築城されたと伝えられており、北を利根川、南を荒川に挟まれた扇状地に点在する広大な沼地と自然堤防を生かした構造となっている。数度の城攻めを受けて、一度も落城しなかった要害堅固な城として知られる。戦国時代には関東七名城の一つとされ、1590年(天正18年)に豊臣秀吉の小田原征伐
川越城
川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にあった日本の城。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。別名、初雁城、霧隠城。関東七名城・日本100名城。通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。
丸岡城
丸岡城(まるおかじょう)は、福井県坂井市丸岡町霞にあった日本の城。別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁であった。現存12天守の一つ。史跡未指定。
小諸城
小諸城(こもろじょう)は、 長野県小諸市(旧・信濃国佐久郡(のち北佐久郡)小諸)にある日本の城跡。別名、酔月城、穴城、白鶴城。
掛川城
掛川城(かけがわじょう)は、遠江国佐野郡掛川(静岡県掛川市掛川)にあった日本の城。
松坂城
松坂城(まつさかじょう)は、三重県松阪市殿町にあった日本の城。現在は松阪城とも表記される。城跡は松坂城跡(まつさかじょうあと)として国の史跡に指定されている。
和歌山城
和歌山城(わかやまじょう)は、和歌山県和歌山市一番丁にある日本の城(平山城)。徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城である。城跡は国の史跡に指定されている。
松江城
松江城(まつえじょう)は、島根県松江市殿町にあった江戸時代の日本の城。別名千鳥城(ちどりじょう)。現存天守は国宝、城跡は国の史跡に指定されている。
岡山城
岡山城(おかやまじょう)は、備前国御野郡岡山(現・岡山県岡山市北区)にあった日本の城。国指定の史跡。別名は烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。
津山城
津山城(つやまじょう)は、美作国 苫田郡(のち西北条郡)津山(現在の岡山県津山市山下)にあった日本の城。別名・鶴山城(かくざんじょう)。城跡は国の史跡に指定されている。津山市は建造物の木造復元など保存計画を行なっている。
三原城
三原城(みはらじょう)は、備後国御調郡三原(広島県三原市)にあった日本の城。国の史跡。2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(172番)に選定された。
岩国城
岩国城(いわくにじょう)は、山口県岩国市横山にあった日本の城(山城)。
徳島城
徳島城(とくしまじょう)は、徳島県徳島市徳島町にあった日本の城。城跡は国指定の史跡、名勝(表御殿庭園)になっている。
今治城
今治城(いまばりじょう)は、伊予国越智郡今治(四国・愛媛県今治市通町三丁目)にあった日本の城。昭和28年(1953年)10月9日に愛媛県史跡に指定された。別称「吹揚城(吹上城)」。
宇和島城
宇和島城(うわじまじょう)は、四国の伊予国宇和郡宇和島(現在の愛媛県宇和島市丸之内)にあった日本の城。江戸時代は宇和島藩の藩庁となった。城跡は国の史跡に指定されている(1937年〈昭和12年〉指定)。別名鶴島城。
小倉城
小倉城(こくらじょう)は、福岡県北九州市小倉北区にある日本の城。江戸時代には小倉藩の藩庁が置かれた。 別名として勝山城、勝野城、指月城、湧金城、鯉ノ城などがある。
平戸城
平戸城(ひらどじょう)は、長崎県平戸市(肥前国松浦郡平戸)にあった日本の城。江戸時代には平戸藩松浦氏の居城であった。
佐伯城
佐伯城(さいきじょう)は、大分県佐伯市にあった日本の城。江戸時代には佐伯藩の藩庁が置かれた。「さえき」と読むのは誤り。国の史跡に指定され、大分百景・ 続日本100名城(194番)に選定されている。
鹿児島城
鹿児島城(かごしまじょう)は、鹿児島県鹿児島市城山町にあった江戸時代の日本の城。別名、鶴丸城(つるまるじょう)。 鶴丸城は通称であり、絵地図や文献など記載されている正式名称は鹿児島城である。城山を原良側のあたり、特に原良の高台から見た際に鶴が羽を広げたように見えることから、城山のことを通称で「鶴丸山」と江戸時代中期以前から一般庶民の間では呼んでおり、鶴丸山の城とも呼んでいた。その山の下にある平屋の
勝連城
勝連城(日本語:かつれんじょう、琉球語(沖縄語):かっちんぐすく)は、沖縄県うるま市にあったグスク(御城)の城趾である。阿麻和利の城として有名。
中城城
中城城(なかぐすくじょう)は、沖縄県中頭郡北中城村・中城村に存在した日本の城。15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸のグスク(城)として知られる。ユネスコ世界遺産。
今帰仁城
今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう、ほくざんぐすく))は、沖縄県国頭郡今帰仁村に位置する城跡である。 14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城であった。国の史跡、世界文化遺産の一部に指定されている。
熊本城
加藤清正修建的难攻不落名城,经历西南战争和熊本地震后正在修复中。
江户城
德川将军家的大本营,现以皇居之名为人所知,拥有日本最大级别的城郭遗址。
仙台城
仙台城(せんだいじょう、旧字体: 仙臺城)は、宮城県仙台市青葉区(陸奥国宮城郡)の青葉山にあった日本の城(平山城)。雅称は青葉城。国の史跡。 慶長年間に伊達政宗が築城してから、廃藩置県・廃城令までの約270年にわたり伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。二代藩主伊達忠宗の代に完成した仙台城は約2万坪で、大藩にふさわしい大規模な城だった。
小田原城
小田原城(おだわらじょう)は、神奈川県小田原市にあった戦国時代から江戸時代にかけての日本の城(平山城)。北条氏の本拠地として有名である。江戸時代には小田原藩の藩庁があった。城跡は国の史跡に指定されている。
甲府城
甲府城(こうふじょう)は、山梨県甲府市にあった日本の城。舞鶴城の雅号を持ち、国の史跡に指定されている。
久保田城
久保田城(くぼたじょう)は、秋田県秋田市千秋公園近辺(羽後国、旧出羽国秋田郡久保田)にあった日本の城。史跡指定はされていないが、「千秋公園(久保田城跡)」として秋田市指定名勝に指定されている。また日本100名城の第9番に選定されている。
宇都宮城
宇都宮城(うつのみやじょう)は、栃木県宇都宮市本丸町にあった日本の城。関東七名城の一つ。江戸時代は宇都宮藩の藩庁となった。別名、亀ヶ岡城(かめがおかじょう)。
伏見城
伏見城(ふしみじょう)は、現在の京都市伏見区の桃山丘陵にあった日本の城。
高知城
高知城(こうちじょう)は、高知県高知市にある日本の城。瓦や壁の色が鷹の羽の色に似ているとして、鷹城(たかじょう)とも呼ばれる。 江戸時代には土佐藩の藩庁が二の丸御殿に置かれた。江戸時代に築かれた天守が残る現存天守十二城の一つであるほか、本丸御殿や追手門等が現存する。城跡は国の史跡に指定されている。
松本城
被指定为国宝的现存12天守之一,漆黑的天守也被称为「乌城」。
安土城
织田信长修建的日本首座拥有正式天守阁的城堡,其壮丽景象至今仍作为传说流传。
山形城
山形城(やまがたじょう)は、山形県山形市霞城町にあった日本の城。別名は霞城(かじょう)、霞ヶ城(かすみがじょう)と呼ばれる。また、吉字城とも呼ばれた。国の史跡に指定され、日本100名城に選定されている。
弘前城
弘前城(ひろさきじょう)は、陸奥国鼻和郡(のち統合と外浜(青森)、西浜(十三湊)を編入で津軽郡)弘前(現・青森県弘前市下白銀町)にある日本の城。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存し国の重要文化財に指定されている。また城跡は国の史跡に指定されている。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁が置かれた。
新発田城
新発田城(しばたじょう)は、越後国蒲原郡新発田(現在の新潟県新発田市大手町)にあった日本の城。別名、菖蒲城(あやめじょう)。新発田藩の藩庁が置かれていた。
富山城
富山城(とやまじょう)は、越中国新川郡富山(現在の富山県富山市丸の内)にあった日本の城(平城)。「浮城(うきしろ)」「安住城(あずみじょう)」ともいわれた(ただし、安住城は富山城とは別の城であるとする説もある)。続日本100名城の一つである。とやま城郭カードNo.16。
七尾城
七尾城(ななおじょう)は、能登国鹿島郡七尾(現・石川県七尾市古城町)にあった日本の城。室町時代から戦国時代にかけての山城跡で、国の史跡に指定されている。能登畠山氏によって拡張され、最終的には南北2.5キロメートル、東西1キロメートルにも及ぶ巨大な城となった。
明石城
明石城(あかしじょう)は、兵庫県明石市明石公園にあった日本の城。明石藩の政庁と藩主の居所が置かれた。別名喜春城(きはるじょう、きしゅん-)、錦江城(きんこうじょう)とも呼ばれる。
佐賀城
佐賀城(さがじょう)は、佐賀県佐賀市城内(肥前国佐賀郡)にあった日本の城。古名は佐嘉城。別名、沈み城、亀甲城。江戸時代初頭に完成し以降、外様大名の佐賀藩鍋島氏の居城であった。
田丸城
田丸城(たまるじょう)は、三重県度会郡玉城町田丸字城郭にあった日本の城(平山城)。南北朝時代に南朝方の拠点として北畠親房、北畠顕信によって築かれたといわれる平山城であり、三重県指定史跡である。 かつての城内に、玉城町役場および玉城町立玉城中学校がある。桜が多く植えられており花見シーズンには花見客で賑わう。
津城
津城(つじょう)は、三重県津市にあった日本の城。別名安濃津城(あのつじょう)。三重県指定史跡。
月山富田城
月山富田城(がっさんとだじょう)は、島根県安来市広瀬町富田にあった日本の城。月山(標高183.9m)に営まれる。出雲源氏・富田氏の世居した城で、京極氏に支配権を奪われてからは、その守護代・尼子氏が在城した。のち尼子氏は主家・京極氏を追放して戦国大名となりこの城を本拠とした。1934年(昭和9年)に国の史跡に指定されており、また周辺は清水月山県立自然公園(月山・富田城跡地区)となっている。
高取城
高取城(たかとりじょう)は、奈良県高市郡高取町高取にあった日本の城。別名、高取山城。江戸時代は高取藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。
備中松山城
備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)は、岡山県高梁市内山下にあった日本の城(山城)。別名高梁城(たかはしじょう)。松山城(まつやまじょう)と呼ばれることもあるが、各地にある同名の城との混同を避けるため、国名を冠して備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)と呼ぶのが一般的である。 日本100名城の一つ。現存天守12城の一つでもあり、日本で唯一現存する山城でもある。
萩城
萩城(はぎじょう)は、山口県萩市にあった日本の城。別名は、指月城(しづきじょう)。城跡は国の史跡に指定されている他、城跡と城下町が世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成要素の一つとなっている。 現在、城跡は指月公園(しづきこうえん)として整備され、本丸天守などは失われたが幕末の藩主毛利敬親が家老や志士と維新を画策した花江茶亭(市有形文化財)が本丸に移築され、二の丸
丸亀城
丸亀城(まるがめじょう)は、讃岐国、現在の香川県丸亀市にある日本の城。別名、亀山城(かめやまじょう)、蓬莱城(ほうらいじょう)ともいう。
墨俣城
墨俣城(すのまたじょう)は、岐阜県大垣市墨俣町墨俣にあった戦国時代の日本の城。 築城時期は不明である。長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で築いた城は斎藤利為らが城主を務めた。 1561年(永禄4年)ないし1566年(永禄9年)の織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)がわずかな期間でこの
屋良座森城
屋良座森城(やらざもりぐすく、沖縄語:やらざむいぐしく)は、沖縄県那覇市にあった琉球のグスクである。那覇港の国場川河口南にあった。
岩剣城
岩剣城(いわつるぎじょう)は、鹿児島県姶良市平松にあった中世の日本の城。標高210メートルの岩剣山頂にあり、山は剣の平(けんのひら)とも呼ばれている。姶良市指定史跡。
月山日和城
月山日和城(がっさんひわじょう)は、宮崎県都城市高城町にあった日本の城(山城)。別名兼重本城・高城。
大口城
大口城(おおくちじょう)は、鹿児島県伊佐市大口里字上ノ馬場にあった日本の城。島津氏の外城。別名牛山城・牟田口城。古典的な山城形式だった。江戸時代の間に取り壊されてしまい、2016年(平成28年)11月時点では空堀や土塁が多少見受けられるのみとなっている。
北谷城
北谷城(ちゃたんじょう)あるいは 北谷グスク(ちゃたんグスク)は沖縄県北谷町にあるグスク。13世紀後半から16世紀前半にかけて中山の拠点になった。1945年の沖縄戦から米軍基地キャンプ瑞慶覧の敷地内にあったが、2013年の合意後、沖縄戦から75年目の2020年3月31日に日本に返還された。北側にはキャンプ桑江、南側にキャンプ瑞慶覧がある細長い区域に位置する。国の史跡に指定されている。
グスク
グスク(御城)もしくはスク(城)とは、南西諸島の内、沖縄地方領域である奄美群島(鹿児島県)から八重山諸島(沖縄県)の沖縄弧とも呼ばれる地域にかけて、多数存在するグスク時代の遺跡。本土の戦国時代の城とは異なり、戦いに備えた建築物とは限らず、館や拝所であったと考えられるものもあり、地域、時期、により形態や呼び方に違いがある。三山時代には王や按司の居城となっていた。
伊作城
伊作城(いざくじょう)は、鹿児島県日置市吹上町中原にあった中世の日本の城(山城)。鹿児島県指定史跡。伊作城はいくつかの廓から成り立つ城で、本丸は特に亀丸城と称した。
宮崎城
宮崎城(みやざきじょう)は、宮崎県宮崎市池内町にあったとされる日本の城(山城)。1335年(建武2年)もしくは1336年(延元元年)築城。 南朝方勢力だった図師六郎入道隋円・慈円父子が築いた。伊東四十八城の一つ。別名「池内城」。
府内城
府内城(ふないじょう)は、大分県大分市(豊後国府内)にあった日本の城(平山城)。大分城(おおいたじょう)、荷揚城(にあげじょう)、白雉城(はくちじょう)とも呼ばれる。
竹迫城
竹迫城(たかばじょう)は、熊本県合志市上庄にあった日本の城。合志城とも呼ばれ、その他に蛇尾城・穴の城・上庄城の別名もある。合志市指定史跡。また、城絵図が合志市指定有形文化財に指定されている。
上田城
由真田幸村(信繁)之父昌幸修建,两度击退德川军的名城。
新納石城
新納石城(にいろいしのじょう)または石城(いしのじょう)は、宮崎県児湯郡木城町石河内にあった南北朝時代から戦国時代中頃の日本の城(山城)。伊東四十八城の1つであり石城合戦の舞台となった。亀城とも呼ぶ。
佐土原城
佐土原城(さどわらじょう)は、宮崎県宮崎市佐土原町上田島にあった日本の城。伊東四十八城の一つ。江戸時代には佐土原藩の藩庁となった。
杵築城
杵築城(きつきじょう)は、大分県杵築市杵築にあった日本の城。城跡のうち麓の藩主御殿跡は大分県の史跡に指定されている。また、城郭があった台山地区と藩主御殿地区は、国の史跡に指定されている。
八代城
八代城(やつしろじょう)は、熊本県八代市(旧 肥後国八代郡)にあった日本の城。江戸時代初期に球磨川河口の松江に幕府の許可を得て建築されたことから松江城(現八代城趾)とも言う。 熊本県史跡であったが、同じく八代城とも呼ばれた南北朝時代の古麓城と安土桃山時代の麦島城の三つの城跡を併せて、平成26年(2014年)に「八代城跡群(やつしろしろあとぐん)」との名称で一括して国の史跡に指定された。 2017年
桟原城
桟原城(さじきはらじょう)または桟原屋形(さじきばるやかた)は、長崎県対馬市厳原町桟原にあった日本の城。対馬府中藩3代藩主宗義真が金石城を拡張整備したのと同時期に新築された藩主の屋形。金石城からは市街をはさんで北東隣に位置する。
日隈城
日隈城(ひのくまじょう)は、大分県日田市亀山町(きざんまち)(豊後国日田郡竹田村)にあった日本の城。
小林城
小林城(こばやしじょう)は、宮崎県小林市真方にあった日本の城(平山城)。別名三ツ山城・三ノ山城。現在は城山公園。
菊池城
菊池城(きくちじょう)は、熊本県菊池市隈府にあった中世の日本の城(山城)。菊池氏の本拠であった。別名隈府城。
島村城
島村城(しまむらじょう)または田中城(たなかじょう)は、佐賀県唐津市北波多田中字島にあった日本の城(平山城)。上松浦党の一族・波多氏の城。
城島城
城島城(じょうじまじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(平山城)。 10世紀頃、城島に勢力を持った城島氏はこの地に小さな城館を持っていたが、やがて同氏は城島の中心部を離れ、豊饒氏が城島に本拠を構えた。その豊饒氏が上妻郡兼松城へ移住すると、16世紀の終わりに西牟田氏がここに本格的な城砦・城島城を築いた。
座喜味城
座喜味城(ざきみぐすく・ざきみじょう)は、沖縄県中頭郡読谷村にあったグスク(御城)の城趾。日本軍が高射砲陣地を構築していた為、十・十空襲と沖縄戦で壊滅的な被害をうけ、瓦礫の丘陵地となりまた1974年迄、米軍基地ボーローポイント内のナイキミサイル通信基地となっていた。沖縄返還を機に返還の機運が高まり、1974年に米軍から返還された。調査と復旧が進められ、通信基地に駐屯していた退役軍人も驚嘆する程の美
中津城
中津城(なかつじょう)または中津川城(なかつがわ(の)じょう)は、大分県中津市二ノ丁(豊前国中津)にあった日本の城。黒田孝高(如水)が築城し、細川忠興が完成させた。 大分県指定史跡。享保2年(1717年)からは、奥平家が居城としていた(中津藩も参照)。
角牟礼城
角牟礼城(つのむれじょう)は、大分県玖珠郡玖珠町の角埋山(つのむれやま)にあった日本の城(山城)。弘安年間(1278年 - 1288年)に森朝通により築かれたとされる。国の史跡。
基肄城
基肄城(きいじょう / きいのき、椽城)は、福岡県筑紫野市と佐賀県三養基郡基山町にまたがる基山(きざん)に築かれた、日本の古代山城。城跡は、1954年(昭和29年)3月20日、国の特別史跡「基肄(椽)城跡」に指定されている。
岩牟礼城
岩牟礼城(いわむれじょう)は、宮崎県小林市東方の城ヶ迫にあった日本の城。築城年代、築城者などは一切不明。「城の岡」と呼ばれる標高365メートルの高所に位置し、小林市にあった城の中では一番高地にあった城である。
新田金山城
新田金山城(にったかなやまじょう)は、群馬県太田市のほぼ中央にそびえる標高235.8メートルの独立峰、全山アカマツに覆われた金山にあった日本の城(山城)。別名「金山城」、「太田金山城」。
根室半島チャシ跡群
根室半島チャシ跡群(ねむろはんとうチャシあとぐん)は、北海道根室市にある24か所のチャシ跡(チャシコツ)の総称。国の史跡に指定されている。
大浦城
大浦城(おおうらじょう)は、青森県弘前市賀田・五代にあった日本の城(平山城)。 別名:八幡城・大浦賀田城・西根の城。
和徳城
和徳城(わとくじょう)は、青森県弘前市和徳町(わとくまち/わっとくまち)にあったとされる日本の城。郷土料理「けの汁」発祥の地とする伝承がある。
一方井城
一方井城(いっかたいじょう)は、岩手県岩手郡岩手町にあった日本の城。古館と新館があり、古館は別名を一本杉館・イチョウ館、新館は輪台城ともいう。また新館は南部信直の出生地と伝えられている。
志波城
志波城(しわじょう/しわのき)は、現在の岩手県盛岡市中太田・下太田にあった日本の古代城柵。名称は「斯波城」とも。国の史跡に指定されている。現在は盛岡市によって「志波城古代公園」として整備され、外郭南門(がいかくなんもん)築地塀(ついじべい)、政庁の南・西・東それぞれの門、官衙建物などが復元されている。一時は鎮守府将軍が在する鎮守府が置かれていた可能性がある。
多賀城
多賀城(たがじょう)は、宮城県多賀城市にあった古代城柵。国の特別史跡に指定され(指定名称は「多賀城跡 附 寺跡」)、出土品は国の重要文化財に指定されている。多賀柵(たかのき)とも。 奈良時代より陸奥国府や鎮守府が置かれ、平安時代(11世紀中頃)まで東北地方の政治・軍事・文化の中心地であった。
秋田城
秋田城(あきたじょう/あきたのき)は、出羽国秋田(現在の秋田県秋田市)にあった日本の古代城柵。国の史跡に指定されており、かつての城域の一部は現在高清水公園となっている。また、秋田県護国神社も秋田城の城址に遷座したものである。 秋田城の創建は、733年(天平5年)に出羽柵が庄内地方から秋田村高清水岡に移転したことにさかのぼり、その後天平宝字年間に秋田城に改称されたものと考えられている。秋田城は奈良時
懸田城
懸田城(かけだじょう)は、陸奥国伊達郡懸田(福島県伊達市霊山町掛田)の茶臼山の山頂付近にあった中世期の日本の城。掛田城・茶臼城(ちゃうすじょう)とも表記する。 鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけて高松定隆の支配下にあった。定隆は正中2年(1325年)に杉目郷(現在の福島市)に高松城を築いて拠点としていたが、建武2年(1335年)に北畠顕家の命を受けて懸田に新城を築いて拠点を移した。その子孫は懸田
城城
城城(じょうじょう/しろのじょう)は、千葉県佐倉市城(じょう)にあった日本の城(平山城)。
小沢城
小沢城(おざわじょう)は、神奈川県川崎市多摩区菅仙谷にあった日本の城。現在は小沢城跡を含めた周辺は小沢城址緑地保全地区に指定され小沢城址里山の会が緑地保全を行っている。小沢天神山城とも呼ばれる。
御幣山城
御幣山城(おんべやまじょう)、または御幣山砦(おんべやまとりで)は、神奈川県藤沢市藤が岡(相模国鎌倉郡大鋸町)にあった日本の城(山城)。
要害山城
要害山城(ようがいさんじょう)は、甲斐国山梨郡(現山梨県甲府市)にあった日本の城。躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)の詰城として築かれた山城である。国指定史跡。要害城、積翠山城とも呼ばれる。 甲府盆地周縁の中央北部、相川扇状地の扇頂部に位置する甲府市上積翠寺町(かみせきすいじまち)にあって、標高780メートルの要害山(丸山)中腹の傾斜地を中心に築かれている。
横手城
横手城(よこてじょう)は、秋田県横手市城山町(出羽国 平鹿郡横手町)にあった日本の城(山城)。朝倉城(あさくらじょう)や阿櫻城(あざくらじょう)とも呼ばれる。廃城後に城跡は横手公園として整備されており、模擬天守が建てられている。横手市指定史跡。
北秋津城
北秋津城(きたあきつじょう)は、埼玉県所沢市北秋津にあった日本の城。歴史的な背景が殆ど伝わっていない城であり、『柳瀬川流域の歴史と文化』の著者の栗原仲道は大石遠江守信重の館とし、所沢市史では鎌倉時代以降の豪族(一説には久米郷が近い事から村山党の久米氏)の館と推測している。また、滝山、八王子領の交通網や滝の城との繋がりを考慮すると後北条氏が何らかの拠点として使用していた可能性も考えられる。付近にある
新井城
新井城(あらいじょう)は、神奈川県三浦市三崎町小網代(こあじろ)にあった日本の城。荒井城・小網代城・三崎城とも。相模三浦氏の本拠地とされる。
新潟城
新潟城(にいがたじょう)は、戦国時代の一時期に存在したとされる日本の城。舟岡城、白山城ともいう。 現在の新潟県新潟市中央区一番堀通町、白山神社および白山公園の位置にあったと比定されているが確かではない。
城生城
城生城(じょうのうじょう)は、富山県富山市八尾町城生字城鉄炮町にあった日本の城。富山市指定史跡。蛇尾城ともいう。とやま城郭カードNo.19。
千代ヶ様城
千代ヶ様城(ちよがためしじょう)は、富山県砺波市庄川町庄にあった日本の城。砺波市登録「ふるさと文化財」の史跡登録地。とやま城郭カードNo.41。
二曲城
二曲城(ふとげじょう)は、石川県白山市出合町にあった日本の城(山城)。川の対岸にある鳥越城の附(つけたり)として国の史跡に指定されている。府峠城とも言う。
淀川城
淀川城(よどかわじょう)は、秋田県(羽後国:出羽国北部)にあった戦国時代の日本の城(城館)。現在の秋田県大仙市協和中淀川千着に所在する。 角館(仙北市)を本拠とした戸沢氏の支城であり、秋田平野を本拠とする安東氏や雄物川中流域を地盤とする小野寺氏の勢力と衝突するため、長く係争の地となり、戸沢氏のなかでも一門が配されることが多かった。館主としては、当主戸沢秀盛の弟戸沢忠盛、詳細不明ながら戸沢一門とみら
久寺家城
久寺家城(くじけじょう)は、千葉県我孫子市久寺家にあった日本の城。同城についての記録は全くなく、詳細は不明である。
国府台城
国府台城(こうのだいじょう)は、千葉県市川市国府台付近にあった日本の城。別名、市河城・鴻之台城とも。ただし市河城(市川城)に関しては、国府台城東側の真間山(現在の市川市真間)上の弘法寺付近にあったともされ、別の城、あるいは存在時期からみて、元となった城とみる説もある。
葛西城
葛西城(かさいじょう)は、東京都葛飾区青戸にあった中世の日本の城(平山城)。「葛西城跡」として1998年(平成10年)3月13日に東京都指定史跡に指定されている。
大峪城
大峪城(おおがけじょう)は、現在の富山県富山市五福である越中国婦負郡五福にあった日本の城。伊賀城、大掛城、大懸城ともいう。なお伊賀城の呼称はこの城の守将であった片山「伊賀守」延高にちなむ。とやま城郭カードNo.60。
村岡山城
村岡山城(むろこやまじろ/むろこやまじょう)は、福井県勝山市村岡町寺尾にあった日本の城(山城)。2019年(平成31年)2月7日付けで勝山市指定史跡。同市の地名の由来に関わると言われている(後述)。
新庄城
新庄城(しんじょうじょう)は、山形県新庄市堀端町にあたる出羽国(羽前国)最上郡新庄にあった日本の城(中世の平城)。別名沼田城(ぬまたじょう)、鵜沼城(うぬまじょう)と呼ばれる。新庄市指定史跡。
下妻城
下妻城(しもつまじょう)は、茨城県下妻市(常陸国関郡下妻荘)にあった日本の城。多賀谷氏の居城であったことから多賀谷城(たがやじょう)とも称し、地元では一般にこの名称を用いている。 城郭は広大で旧真壁郡下妻町の領域がすっぽりと収まるほどであった。1950年代までは曲輪・濠・土塁跡が残っていたとされるが、1961年(昭和36年)に始まった都市計画事業を経て、現在では多賀谷城跡公園内にわずかに痕跡を残す
安養寺城
安養寺城(あんようじじょう)、または安養寺御坊(あんようじごぼう)は、富山県小矢部市末友にあった日本の城および勝興寺旧伽藍跡。城跡としては史跡未指定だが、一向衆の拠点「勝興寺安養寺御坊跡」として小矢部市指定史跡となっている。とやま城郭カードNo.46。
小手森城
小手森城(おでもりじょう)は、福島県二本松市針道にあった戦国時代の城館(日本の城)。現在は本丸跡に愛宕神社が祀られており、城跡各所に石垣や曲輪の遺構が残存している。
中久喜城
中久喜城(なかくきじょう)は、栃木県小山市中久喜(下野国寒川郡)にあった平安時代末期から戦国時代にかけての日本の城。別名:亀城、栃井城、中岫城、岩壺城。城跡は祇園城(小山城)跡・鷲城跡とともに「小山氏城跡(鷲城跡・祇園城跡・中久喜城跡)」として、国の史跡に指定されている。
羽生城
羽生城(はにゅうじょう)は、埼玉県羽生市にあった日本の城。16世紀初頭の築城とされ、永禄3年(1560年)の長尾景虎(後の上杉謙信)による関東出兵以降、上杉方の関東攻略の拠点となったが、後北条氏の度重なる攻撃を受け天正2年(1574年)閏11月に自落した。その後、城は後北条氏から成田氏に与えられ、天正18年(1590年)の徳川家康の関東入封後は大久保氏に与えられ、慶長19年(1614年)1月に廃城
庁南城
庁南城(ちょうなんじょう)は、千葉県長生郡長南町長南にあった日本の城。
村岡城
村岡城(むらおかじょう)、または高谷砦(たかやとりで)は、神奈川県藤沢市村岡東に所在する日本の城(砦)跡。現在は当時の遺構が残存しないが、旧所在地点が「村岡城址公園」として都市公園化している。二伝寺砦・御幣山城・長尾城とともに、玉縄城を守る支城であったと考えられている。
坂戸城
坂戸城(さかどじょう)は、新潟県南魚沼市にあった日本の城(山城)。坂戸山山頂(標高634メートル)に本丸、麓に平時の居館跡の遺構が見られ、魚野川をはさんで、三国街道を見下ろす交通上の要地に位置する。1979年(昭和54年)6月11日、国の史跡に指定された。
小黒丸城
小黒丸城(おくろまるじょう/おぐろまるじょう)は、福井県福井市黒丸町にあった南北朝時代の日本の城。足羽七城の一つで、別名郡黒丸城。本城にあたる北西の大黒丸城と合わせて「黒丸城」と総称される。
古河城
古河城(こがじょう)は、茨城県古河市(下総国)の渡良瀬川東岸にあった日本の城。 室町時代には、古河御陣とも呼ばれ、北朝足利氏の拠点の一つであった。古河公方の本拠となった時期については古河御所(こがごしょ)とも呼ばれる。なお、古河鴻巣の古河公方館も御所と呼ばれるため、混同しないように注意する必要がある。
山梨城
山梨城(やまなしじょう)、または月見里城(やまなしじょう)は、千葉県四街道市山梨にあった日本の城。
金ヶ崎城
金ヶ崎城(かながさきじょう・かねがさきじょう)は、福井県敦賀市金ヶ崎町にあった日本の城。別名敦賀城(つるがじょう)。城跡は国の史跡に指定されている。本項では支城である天筒山城についても併記する。
名胡桃城
名胡桃城(なぐるみじょう)は、群馬県利根郡みなかみ町下津にあった日本の城。1949年(昭和24年)に「名胡桃城址」として群馬県指定史跡に指定された。利根川上流の右岸断崖部に位置し、川を挟んで北東に位置する明徳寺城と対峙する。 歴史的には、真田昌幸の沼田城の支城として、また1590年の小田原征伐の誘因となったことで著名である。 2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(115番)に選定され
沼田城
沼田城(ぬまたじょう)は、群馬県沼田市(上野国利根郡)にあった日本の城(丘城)。1976年(昭和51年)3月30日、沼田市指定史跡。幾つかの守護城に囲まれた堅城である。沼田氏の居城として建築され、戦国時代後期から江戸時代初期にかけて真田氏の沼田領支配の拠点として機能した。沼田藩の藩庁。
中峠城
中峠城(なかびょうじょう)は、千葉県我孫子市中峠(下総国相馬郡)にあった日本の城。芝原城(しばはらじょう)ともいう。
赤塚城
赤塚城(あかつかじょう)は、東京都板橋区赤塚五丁目にあった日本の城。城跡は東京都立赤塚公園の一部として整備され、広場、梅林、桜並木などがある。
三崎城
三崎城(みさきじょう)は、神奈川県三浦市城山町にあった日本の城。別名三浦城。相模三浦氏の本拠地で後に後北条氏が領する。
井田主馬ヶ城
井田主馬ヶ城(いだしゅめがじょう)は、富山県富山市八尾町井田にあった戦国時代の日本の城(山城)。富山市指定史跡。とやま城郭カードNo.23。「とやま文化財百選」の1つにも選ばれている。
滝の城
滝の城(たきのじょう)は、埼玉県所沢市城にあった日本の城。同市の東端で隣接する東京都清瀬市との都県境、柳瀬川の北岸に位置し、豊かな緑に覆われた断崖の上に 曲輪や空掘り跡などが残っている。 今日では本丸跡に「城山神社」が祀られ、その南側を中心に滝の城址公園(たきのじょうしこうえん)として整備され、梅・桜の木や運動施設などが揃う公園となっている。
亥鼻城
亥鼻城(いのはなじょう)は、千葉県千葉市中央区亥鼻(旧:下総国)にあった日本の城(平山城)。文化財報告書では「猪鼻城」の表記がみられる。通称は千葉城。周辺は亥鼻公園(歴史公園)として整備され、土塁、堀切などが現存する城跡は市の文化財に指定されている。
大庭城
大庭城(おおばじょう)は、神奈川県藤沢市大庭にあった日本の城。城跡には現在も多くの遺構が残り、大庭城址公園として整備されている。2021年(令和3年)に「大庭城跡」として藤沢市指定史跡に指定された。
後瀬山城
後瀬山城(のちせやまじょう)は、福井県小浜市にあった日本の城(山城)。若狭最大級の城であったが、比較的標高の高い山上に築かれていたため、北山麓に水堀を廻らせた常時住まいする大規模な守護館(武田氏館)が設けられていた。東山麓の発心寺も城砦の一部と考える見方がある。城跡は国の史跡に指定されている。 2015年(平成27年)4月24日、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 - 御食国(みけつくに)若狭と
大多喜城
大多喜城(おおたきじょう)は、千葉県夷隅郡大多喜町にあった戦国時代から江戸時代にかけての日本の城(平山城)。初めは小田喜城(おだきじょう)と呼ばれていた。江戸時代には大多喜藩が置かれていた。
小机城
小机城(こづくえじょう)は、現在の神奈川県横浜市港北区小机町付近に相当する武蔵国橘樹郡小机郷にあった日本の城(平山城)。史跡指定等はされていないが、「小机城址」として神奈川県の特別緑地保全地区に指定されている(2006年5月15日指定)。周辺は市民の森として城の遺構が整備されている。
金沢城
金沢城(かなざわじょう。旧字体: 金澤城)は、加賀国石川郡尾山(現・石川県金沢市丸の内)にある日本の城。江戸時代には加賀藩主前田氏の居城だった。城址は国の史跡に指定されており、城址を含む一帯は金沢城公園(かなざわじょうこうえん)として整備されている。
若神子城
若神子城(わかみこじょう)は、山梨県北杜市須玉町若神子にあった日本の城。中世の山城で、現在は城跡が残り(若神子城跡)、北杜市指定史跡となっている。
上ノ山城
上ノ山城(うえのやまじょう)は、長野県安曇野市豊科田沢にあった日本の城(山城)。標高768メートルにある。安曇野市指定史跡。別名は殿山城。
大島城
大島城(おおしまじょう)は、信濃国伊奈郡(現在の長野県下伊那郡松川町元大島)にあった日本の城。別名台城 (だいじょう)・伊那大島城。松川町指定史跡。なお、同じ下伊那郡の大鹿村にある大島城とはまったく別の城である。
切山城
切山城(きりやまじょう)は、石川県金沢市宮野町にあった安土桃山時代の日本の城(山城)。「加越国境城跡群及び道」(かえつくにざかいしろあとぐんおよびみち)として、2015年(平成27年)10月7日に松根城・小原越と共に国の史跡に指定されている。
小丸山城
小丸山城(こまるやまじょう)は、能登国能登郡(のち鹿島郡)小丸山(現在の石川県七尾市馬出町子部)にあった日本の城。七尾城の北、七尾南湾に面した平山城。七尾港に近く、海城に分類される場合もある。
新善光寺城
新善光寺城(しんぜんこうじじょう)は、福井県越前市京町にあった南北朝時代の日本の城。現在は浄土宗寺院の正覚寺となっている。越前市指定史跡。
大黒丸城
大黒丸城(だいくろまるじょう)は、福井県福井市三宅町・黒丸城町にあった日本の城。別名三宅黒丸城。南東の支城小黒丸城と合わせて「黒丸城」と総称される。
新府城
新府城(しんぷじょう)は、山梨県韮崎市中田町にあった日本の城。1973年(昭和48年)には「新府城跡」として国の史跡に指定されており、保存のため公有地化された。本丸跡地には藤武稲荷神社が建立されている。
妻籠城
妻籠城(つまごじょう)は、長野県木曽郡南木曽町にあった日本の城(山城)。長野県指定史跡。
塔原城
塔原城(とうのはらじょう)は、長野県安曇野市明科中川手にあった日本の城。標高750メートルにある。文献によっては塔ノ原城とも表記され、「塔ノ原城跡」の名で安曇野市指定史跡に指定されている。
屋代城
屋代城(やしろじょう)は、長野県千曲市屋代にあった日本の城(山城)。千曲市指定史跡。
龍王城
龍王城(りゅうおうじょう)、または竜王城は、現在の長野県千曲市桑原にあたる、信濃国更級郡桑原の佐野地区にあった山城である。海抜768メートルの三方が急峻な山上にある要害で、城跡からは聖高原、川中島(善光寺平)が俯瞰できる。
大垣城
大垣城(おおがきじょう)は、岐阜県大垣市郭町にあった日本の城(平城)。麋城(びじょう)または巨鹿城(きょろくじょう)とも呼ばれる。
大桑城
大桑城(おおがじょう)は、岐阜県山県市大桑・青波・富永地区の境にあった鎌倉時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。標高408メートルの古城山(別名・金鶏山)の山頂付近に存在した。国の史跡に指定されている。
傘松城
傘松城(からかさまつじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町吉田、釜崎、寺林にまたがって築かれた日本の城。別名を吉田城と称する。北飛彈屈指の山城跡として昭和46年(1971年)9月14日に岐阜県から史跡に指定された。その後行われた発掘の成果により江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして令和6年(2024年)2月21日に国の史跡に追加指定された。 高原郷を見下ろす比高500mの観音山山頂に築かれており、江馬氏の
垂井城
垂井城(たるいじょう)は、美濃国不破郡(現在の岐阜県不破郡垂井町)にあった日本の城。明確な遺構がないため正確な位置は不明だが、文献や地形などから専精寺境内が所在地に比定されており、案内板と石碑が建っている。
刈谷城
刈谷城(かりやじょう)は、三河国碧海郡刈谷(現愛知県刈谷市)にあった日本の城。正しくは「刈屋城」であるが、刈谷市が1950年(昭和25年)4月以降に市制施行してから「刈谷」と表記されるようになった。
建部山城
建部山城(たけべやまじょう)は、丹後国加佐郡(京都府舞鶴市下福井)にあった室町時代から戦国時代にかけての日本の城。室町幕府の重鎮として栄えた有力守護大名一色氏の根拠地である八田守護所の背後にあった詰城。八田城、田辺城ともいう。
東山霊山城
東山霊山城(ひがしやまりょうぜんじょう)、あるいは霊山城(りょうぜんじょう)は、京都府京都市東山区清閑寺霊山町(当時は山城国愛宕郡)の霊山(標高176m)にあった戦国時代の日本の城(山城)。 室町幕府の13代将軍・足利義輝によって築城された。東山霊山城の存在する霊山は、東山三十六峰の一つであり、周辺には京都霊山護国神社や高台寺、清水寺等が位置している。霊山の中腹には正法寺が存在している。
信貴山城
信貴山城(しぎさんじょう)は、奈良県生駒郡平群町信貴畑にあった日本の城。木沢長政・松永久秀の居城となった。奈良県指定史跡に指定されている。 信貴山城は大和と河内の国境にある生駒山系に属する信貴山(標高433m)山上に築かれた山城である。信貴山は大和と河内を結ぶ要衝の地で、松永久秀はこの山上に南北880m、東西600mに及ぶ城郭を築いた。
柳生城
柳生城(やぎゅうじょう)は、奈良県奈良市柳生下町にあった日本の城(山城)。柳生氏の居城。
堂洞城
堂洞城(どうほらじょう)は、美濃国の中濃(岐阜県加茂郡富加町夕田)にあった日本の城(平山城)。別名・堂洞山城、堂洞掻上城。濃尾平野の北で、加治田城から目と鼻の先にある。
三枚橋城
三枚橋城(さんまいばしじょう)は、駿河国沼津(現静岡県沼津市大手町)にあった日本の城。別名観潮城。戦国時代後半に築城され、江戸時代初期には沼津藩の藩庁が置かれた。築城当時は沼津城と呼ばれていた可能性がある(後述)。
二俣城
二俣城(ふたまたじょう)は、遠江国豊田郡二俣(静岡県浜松市天竜区二俣町二俣)にあった日本の城(山城)。天竜川と二俣川に挟まれた天嶮に恵まれた中世城郭として名高く、武田信玄・勝頼親子と徳川家康がこの城を巡って激しい攻防を繰り広げた。また、家康の嫡男信康が悲劇の切腹をとげた城としても知られる。城跡は国の史跡に指定されている(指定名称は「二俣城跡及び鳥羽山城跡」)。 本項では二俣城攻略の際に付城として築
坂部城
坂部城(さかべじょう)は、尾張国知多郡阿久比(現在の愛知県知多郡阿久比町大字卯坂字栗之木谷32番地)にあった城。現在は阿久比町指定文化財(史跡)「坂部城跡」として残されている。
赤木城
赤木城(あかぎじょう)は、三重県熊野市にあった日本の城。城跡は1989年(平成元年)10月9日に「赤木城跡及び田平子峠刑場跡」の名称で国の史跡に指定されている。また、2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城に選定された。
淀古城
淀古城(よどこじょう)は、京都府京都市伏見区納所(のうそ)北城堀にあった日本の城。納所は木津・桂・宇治の三川が合流するポイントの北岸にあたりに築城され、3面を川に囲まれた天然の要害で、古くからの商業地「淀」の中核都市であった。
三木城
三木城(みきじょう)は、播磨国美嚢郡三木(現・兵庫県三木市上の丸町)にあった日本の城。平山城。釜山城や別所城とも呼ばれる。小寺氏の御着城、三木氏の英賀城と並び播磨三大城と称された。
政元城
政元城(まさもとじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町西にあった日本の城。別名を山田城と称する。江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして昭和55年(1980年)3月21日に国の史跡に指定された。 越中東街道と数河街道の追分を見下ろす比高40mの山上に築かれている。主郭は東西20m、南北10mで腰曲輪を有し、西側に堀切を挟んで別の曲輪がある。
毛利山城
毛利山城(もうりやまじょう)、または牛ヶ鼻砦(うしがはなとりで)は、岐阜県美濃加茂市愛宕山にあった日本の城(山城)。
天方城
天方城(あまがたじょう)は、遠江国(現在の静岡県周智郡森町向天方)にあった日本の城。山城。「本城」と「新城」が存在し、新城は森町指定史跡。
宇津山城
宇津山城(うつやまじょう、うづやまじょう)は、静岡県湖西市入出にあった戦国時代の日本の城。湖西市入出の浜名湖に突き出した正太寺鼻に位置する宇津山(49.5m)にあり、郭や土塁、武者走り、舟隠し場が残る。正太寺(遠州三十三観音25番札所)の敷地内にある。
武節城
武節城(ぶせつじょう)は、三河国設楽郡(現愛知県豊田市武節町)にあった日本の城(山城)。別名地伏城。豊田市指定史跡。
古宮城
古宮城(ふるみやじょう)は、愛知県新城市作手清岳にあった戦国時代の日本の城(平山城)。戦国時代の武田氏による城郭と考えられ、現在も同氏の築城術の多くが理解できる遺構が残っている。新城市指定史跡。2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(150番)に選定された。
真弓山城
真弓山城(まゆみやまじょう)は、三河国加茂郡足助庄(現・愛知県豊田市足助町)の真弓山(標高301メートル)にあった日本の城。「真弓山城」「松山城」などが廃城前の呼称で、発掘調査に基づいて一部を復元して「城跡公園足助城」として1993年(平成5年)に公開する際、地元住民の意見により「足助城」と呼ぶようになった。城郭学者の千田嘉博は、戦国時代の山城のイメージを体感できる、まれな施設と評価している。
周山城
周山城(しゅうざんじょう)は、京都府京都市右京区京北周山町(かつての丹波国桑田郡)にあった日本の城。明智光秀の築城で、明智光忠が入ったとされる。
持船城
持船城(もちぶねじょう)は、静岡県静岡市駿河区用宗城山町の、JR東海道本線用宗駅裏の標高70mほどの小高い丘陵(城山)にあった日本の城。眼下に駿河湾を見下ろし、駿府の町も一望できることもあり、東海道の山越え側丸子城と並んで、海側の街道の要衝であった。 現在では「用宗城(もちむねじょう)」とも称されるが、これは現在の地名からで、現役時代に実際にそのように呼称されたことは無い。ただし「用船城」と記され
大溝城
大溝城(おおみぞじょう)は、滋賀県高島市にあった日本の城。別名は高島城。鴻溝城(こうこうじょう〈こうこじょう〉)、鴻湖城(こうこじょう)とも称された。大溝城跡は高島市の史跡に指定されている。そのほか2015年(平成27年)に、国の重要文化的景観に選定された「大溝の水辺景観」の重要な構成要素として、大溝城跡や旧城下地区などが含まれる。
新宮城
新宮城(しんぐうじょう)は、和歌山県新宮市にあった日本の城。別名丹鶴城(たんかくじょう)。また、沖見城(おきみじょう)とも称された。城跡は「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定されている。
広城
広城(ひろじょう)は、和歌山県有田郡広川町名島・湯浅町別所にあった日本の城(山城)。紀伊国守護・畠山氏の居城である。
三星城
三星城(みつぼしじょう)は、岡山県美作市明見にあった日本の城(山城)。美作市市指定史跡。
亀居城
亀居城(かめいじょう)は、広島県大竹市小方にあった日本の城(平山城)。1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦い後に安芸国に入った福島正則が、長門国・周防国の毛利氏への押さえとして築城した。大竹市指定史跡。
徳山城
徳山城 (とくやまじょう)は、山口県周南市にあった徳山藩毛利氏の居城で日本の城。別名は「御舘」、後に「御城」。城の造りは陣屋。初代藩主・毛利就隆。第8代徳山藩主・毛利広鎮の代に城主格となる。
古木江城
古木江城(こきえじょう)は、尾張国海西郡(現在の愛知県愛西市)にあった日本の城(平城)。小木江城とも書かれる。
矢守城
矢守城(やもりじょう)は、滋賀県愛知郡愛荘町矢守にあった中世の日本の城。戦国時代には近江の戦国大名・六角氏の支城として機能し、家臣である杉立氏が城主を務めた。もともとは矢守氏や賀藤氏など在地の土豪が拠点としていた地域であり、城の築城とともに彼らは六角氏の傘下に組み込まれていった。
尾高城
尾高城(おだかじょう)は、鳥取県米子市尾高にあった中世の日本の城(平山城)。別名泉山城(いずみやまじょう)。国の史跡に指定されている。
浜田城
浜田城(はまだじょう)は、石見国浜田(島根県浜田市殿町)にあった日本の城。江戸時代には浜田藩の藩庁が置かれていた。
三沢城
三沢城(みざわじょう)は、島根県仁多郡奥出雲町三沢にあった日本の城。尼子十旗と呼ばれる戦国大名・尼子氏の家臣団が守る城塞群(日本の城)の1つ。島根県指定史跡。
七州城
七州城(しちしゅうじょう)は、愛知県豊田市小坂本町付近にあった日本の城。「七州城」の呼称は通称であり、正式には「挙母城」(ころもじょう)という。1782年(天明2年)に築城され、挙母藩の藩庁が置かれた。遺構の一部(隅櫓跡)が「挙母城(七州城)隅櫓跡」として1972年(昭和47年)2月24日付け(桜城の隅櫓跡と同日付け)で豊田市指定史跡に指定されている。
萱生城
萱生城(かようじょう)は、三重県四日市市萱生町字城山にあった戦国時代の日本の城(山城)。文治年間(1186年~1189年)に一帯を支配した北勢四十八家の一つ、春日部氏の春日部宗方が築城した。1568年(永禄11年)に織田信長の北勢侵攻で攻撃を受け、後に落城した。現在城跡は学校法人暁学園の本部となり、わずかに「髪のびの井戸」などの遺構が残る。
志方城
志方城(しかたじょう)は、播磨国印南郡(兵庫県加古川市)にあった日本の城(平城)。現在、本丸跡は宝積山観音寺の境内、二の丸跡は加古川市立志方小学校になっている。また西の丸跡は旧志方町役場であった。
兵庫城
兵庫城(ひょうごじょう)は、兵庫県神戸市兵庫区中之島(摂津国八部郡兵庫津)周辺にあった日本の城。尼崎藩時代には兵庫陣屋と呼ばれ奉行が置かれ明治時代には兵庫県庁があった。
万歳平城
万歳平城(まんざいへいじょう)は、奈良県大和高田市(旧・大和国葛下郡)にあった日本の城(平城)。万歳城(まんざいじょう)とも呼ばれる。
大廻小廻山城
大廻小廻山城(おおめぐりこめぐりさんじょう/おおめぐりこめぐりやまじょう、築地山城<ついじさんじょう>)は、備前国上道郡の大廻・小廻山(現在の岡山県岡山市東区草ヶ部・瀬戸町観音寺・瀬戸町笹岡)にあった日本の古代山城。城跡は国の史跡に指定されている。
御着城
御着城(ごちゃくじょう)は、播磨国飾磨郡(のち飾東郡)御着(現・兵庫県姫路市御国野町御着)にあった日本の城。茶臼山の上に築かれた城なので茶臼山城の別名を持ち、さらに、天川を堀の一部として利用していたことから天川城の別名も持つ。
河原城
河原城(かわはらじょう)は、鳥取県鳥取市河原町谷一木にあった日本の城。この城の正式名称は「丸山城」であるが、鳥取市内には丸山城という名の城跡がこの城を含めて3つあり、旧邑美郡に限ってもこの城を含めて2つある。河原城は、後述する天守風建造物が建てられて以後の名称であるが、他2城との混同を避けるため、ここでは河原城と呼称する。
千早城
千早城(ちはやじょう)は、大阪府南河内郡千早赤阪村大字千早にあった日本の城。国の史跡に指定されている。鎌倉時代末期より南北朝時代に存在した楠木正成・築城の城である。四方を絶壁に囲まれ要塞堅固を誇ったといわれる連郭式山城である。金剛山城。
八上城
八上城(やかみじょう)は、兵庫県丹波篠山市にあった中世、室町時代から戦国時代にかけて丹波国の国人である波多野氏が本拠とした日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。別名は八上高城。
吉野城
吉野城(よしのじょう)は、奈良県吉野郡吉野町の吉野山にあった日本の城(山城)。鎌倉時代末期に大塔宮護良親王が、吉野山で挙兵し拠点とした。軍記物語『太平記』では金峯山城とも。本項では『太平記』に登場する吉野城攻防戦および正平3年(1348年)の高師直による吉野行宮への襲撃も述べる。
三石城
三石城(みついしじょう)は、岡山県備前市三石にあった日本の城(山城)。岡山県の史跡に指定されている。
須々万沼城
須々万沼城 (すすまぬまじょう)は、周防国都濃郡(山口県周南市須々万本郷)にあった日本の城。
来島城
来島城(くるしまじょう)は、愛媛県今治市波止浜沖の来島にある日本の城(島城)。村上水軍の根拠地の一つ。2016年(平成28年)4月、日本遺産「日本最大の海賊の本拠地」の構成文化財に認定された。
小谷城
小谷城(おだにじょう)は、滋賀県長浜市(旧東浅井郡湖北町伊部、かつての近江国浅井郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。日本五大山城のひとつに数えられる。標高約495mの小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られる城である。 戦国大名浅井氏の居城であり、堅固な山城として知られたが、元亀・天正の騒乱時、4年にわたり織田信長に攻められ落城した。その後、北近江の
大塚城
大塚城(おおつかじょう)は、大阪市天王寺区茶臼山町にあった日本の城。現在は天王寺公園内にある。大坂冬の陣では徳川家康の陣城として、また大坂夏の陣では真田信繁(幸村)の陣城として使用された。別名茶臼山砦や茶臼山陣城とも言われている。
尼崎城
尼崎城(あまがさきじょう)は、兵庫県尼崎市にあった日本の城。江戸時代初期に築城された平城。 安土桃山時代の天正6年(1578年)に荒木村重が織田信長に反旗を翻した際、有岡城から逃げ込んだ先である大物城も尼崎城(尼崎古城)とも呼ばれるが、現在の尼崎城趾とは位置が異なる。
平須賀城
平須賀城(へいすがじょう)は、和歌山県日高郡みなべ町西本庄(旧紀伊国日高郡)にあった日本の城(山城)。平須山城(へいすやまじょう)とも呼ばれる。みなべ町指定文化財(「平須賀城跡」)。
常山城
常山城(つねやまじょう)は、岡山県岡山市南区迫川と玉野市宇藤木・用吉・木目にまたがる標高300メートルの常山山頂にあった日本の城(山城)。岡山市指定史跡および玉野市指定史跡。
宮尾城
宮尾城(みやおじょう)は、広島県廿日市市宮島町(かつての安芸国佐西郡厳島)にあった日本の城。別名宮ノ尾城(みやのおじょう)とも呼ばれる。城を含む島全体が、国の特別史跡及び特別名勝に指定され、瀬戸内海国立公園の一部でもある(詳細は厳島を参照)。
吹田城
吹田城(すいたじょう)は、大阪府吹田市の吹田駅付近にあった日本の城。 城郭に関しては不明な点が多く、平山城だけの一城説や平山城と居城との複合説が指摘されている。
三田城
三田城(さんだじょう)は、兵庫県三田市屋敷町・天神の周辺にあった日本の城。安土桃山時代以前の三田城については不明な点が多い。江戸時代以降は、領主となった九鬼家が無城主であったため、三田陣屋と称された。しかし、藩庁である三田陣屋は、それまでの旧三田城を取り込んで構築され、櫓や石垣などは築かれなかったものの、城郭に匹敵するほどの規模であった。
山垣城
山垣城(やまがいじょう)は、兵庫県丹波市青垣町山垣(旧・丹波国氷上郡)にあった日本の城(山城)。鎌倉時代から安土桃山時代にかけての足立氏の本拠である。万歳城、万歳山城とも呼ばれるが、山垣城の北に位置する別の城も万歳山城と呼ばれる(後述)。
桑野城
桑野城(くわのじょう)は、徳島県阿南市桑野町船岡山にあった日本の城。現在の萬福寺にあった。
幸山城
幸山城(こうざんじょう)は、岡山県総社市西郡にあった日本の城。城は山頂に福山城のある福山の北にせり出した標高164メートルの尾根上にある。眼下に山陽道を見下ろす要衝である。総社市指定史跡。
川島城
川島城(かわしまじょう)は、徳島県吉野川市川島町川島にあった日本の城。阿波九城の一つ。吉野川市指定史跡。
勝瑞城
勝瑞城(しょうずいじょう)は、徳島県板野郡藍住町勝瑞(阿波国板野郡勝瑞)にあった日本の城(平城)。平城跡と居館跡が2001年(平成13年)に国の史跡に指定され、その後の発掘で新たに確認された部分が2007年(平成19年)に追加指定された。阿波国の守護所であり、近年の発掘調査でその繁栄の一端をうかがうことができた。現在も断続的に発掘調査が行われている。
八石城
八石城(やついしじょう)は、徳島県三好市井川町井内西の八石山にあった城。三好市指定史跡。別名は八ツ石城、八ッ石城。
天霧城
天霧城(あまぎりじょう)は、香川県善通寺市吉原町と三豊市三野町、仲多度郡多度津町の市町境にあった中世日本の城(山城)。国の史跡。別名雨霧城または尼斬城。讃岐香川氏累代の有事の際の詰城で、平時の居館は多度津町の本台山城東麓にあったとされる。
藤目城
藤目城(ふじめじょう)は、香川県観音寺市粟井町竹成にあった中世日本の城(山城)。別名藤ノ目城。
本台山城
本台山城(もとだいやまじょう)は、香川県仲多度郡多度津町の現桃陵公園一帯にあった日本の城(山城)。別名多度津城。東麓の西側(西方寺、観音堂、墓地、光厳寺周辺)に居館があったとされる。
屋嶋城
屋嶋城(やしまじょう/やしまのき、屋島城)は、香川県高松市の屋島にあった日本の古代山城。伊予総領(伊予など複数の国を管轄した軍政官)の管轄下で築かれたとされている。 城跡は、1934年(昭和9年)11月10日、国の史跡と天然記念物に指定された「屋島」の指定範囲に包含される。屋嶋城敷地跡には四国遍路84番札所の屋島寺がある。
常盤城
常盤城(ときわじょう)は、愛媛県南宇和郡愛南町にあった日本の城(山城)。町の史跡。
港山城
港山城(みなとやまじょう)は、伊予国(現在の愛媛県松山市港山)の、海に面する西側の小丘陵に築かれた河野氏の河野水軍が拠点にした日本の城(山城)。湊山城とも書かれた。 三津の港を見下ろす丘の上にあり、港の警護と監視、有事の際に軍船で出撃するにはうってつけの立地であった。東西に細長く本丸と二の丸が伸びていた。現在は整備されていて面影はないが、かつては海岸線が入り組んでいて島のような状態であったという。
塩吹城
塩吹城(しおふきじょう)は、佐賀県嬉野市塩田町にあった日本の城(山城)。
宮迫城
宮迫城(みやさこじょう)は、広島県三原市須波にあった戦国時代の城である。
荒滝山城
荒滝山城(あらたきさんじょう/あらたきやまじょう)は、山口県宇部市荒滝山にあった戦国時代の日本の城(連郭式山城)。荒滝城ともいう。城跡は山口県の史跡に指定されている。
櫛崎城
櫛崎城(くしざきじょう)は、山口県下関市長府宮崎町(長門国豊浦郡)にあった日本の城。串崎城とも表記され、雄山城(かつやまじょう)、長府城、長府陣屋とも称する。
鞍掛山城
鞍掛山城(くらかけやまじょう)は、周防国玖珂郡(現在の山口県岩国市玖珂町鞍掛)にあった日本の城(山城)。
高嶺城
高嶺城(こうのみねじょう)は、山口県山口市上宇野令字高嶺にあった日本の城(山城)。鴻の峰城・鴻之峯城とも記される。国の史跡に指定されている。
佐加利山城
佐加利山城(さかりやまじょう/さがりやまじょう、盛山城・下山城)は、長門国豊浦郡(現在の山口県下関市長府江下町付近)にあった日本の城。
長門城
長門城(ながとじょう/ながとのき)は、長門国にあった日本の古代山城。城跡の所在地は不明。 白村江の戦いでの敗北を契機に築かれた城で、『日本書紀』には天智天皇4年(665年)と天智天皇9年(670年)に長門国に城を築いたとする記録があるが、城名や所在場所に関する情報がないため、地元史家の間で諸説がある。
右田ヶ岳城
右田ヶ岳城(みぎたがたけじょう)は、周防国佐波郡右田(山口県防府市)にあった日本の城(山城)。
山口城
山口城(やまぐちじょう)は、山口県山口市滝町(周防国山口)にあった日本の城。山口屋形・山口政庁・山口政事堂などとも呼ばれていた。表門(旧山口藩庁門)など一部が現存する。
蓮華山城
蓮華山城(れんげやまじょう)は、周防国玖珂郡(現在の山口県岩国市周東町)にあった日本の城(山城)。
若山城
若山城(わかやまじょう)は、周防国都濃郡富田(現山口県周南市)にあった日本の城(山城)。守護大名大内氏の親族であり歴代その重臣でもあった陶氏の本城である。県指定文化財。
徳島県の城
徳島県の城(とくしまけんのしろ)は徳島県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
今切城
今切城(いまぎれじょう)は、徳島県徳島市春日にあった日本の城。
上桜城
上桜城(うえざくらじょう)は、徳島県吉野川市川島町桑村にあった日本の城。徳島県指定史跡。
夷山城
夷山城(えびすやまじょう)は、徳島県徳島市八万町夷山にあった日本の城。
木津城
木津城(きづじょう)は、徳島県鳴門市撫養町木津にあった日本の城。鳴門市指定史跡。
小仁宇城
小仁宇城(こにうじょう)は、徳島県那賀郡那賀町小仁宇字船津の上にあった日本の城跡。
七条城
七条城(しちじょうじょう)は、徳島県板野郡上板町七條にあった日本の城。
松鶴城
松鶴城(しょうかくじょう)は、徳島県阿南市椿泊町にあった日本の城。別名は椿泊城。
土佐泊城
土佐泊城(とさどまりじょう)は、徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦、大毛島にあった日本の城。鳴門市指定史跡。
仁宇城
仁宇城(にうじょう)は、徳島県那賀郡那賀町仁宇・和食(わじき)にあった日本の城。別名は和食城、仁宇山城。
板西城
板西城(ばんざいじょう)は、徳島県板野郡板野町古城にあった日本の城。板野町指定史跡。
姫田城
姫田城(ひめだじょう)は、徳島県鳴門市大麻町姫田にあった16世紀頃の日本の城。
日和佐城
日和佐城(ひわさじょう)は、徳島県海部郡美波町にあった日本の城跡。別名は「渭津城」。
名東城
名東城(みょうどうじょう)は、徳島県徳島市名東町にあった日本の城。別名は経ヶ丸城・川越城。
撫養城
撫養城(むやじょう)は、徳島県鳴門市撫養町林崎にある日本の城跡。別名は岡崎城、林崎城。「岡崎城跡」として市指定史跡に指定されている。
香川県の城
香川県の城(かがわけんのしろ)は、香川県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
麻城
麻城(あさじょう)は、香川県三豊市高瀬町上麻にある日本の城跡。三豊市指定史跡。
勝賀城
勝賀城(かつがじょう)は、香川県高松市鬼無町佐料にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
十河城
十河城(そごうじょう)は、讃岐国山田郡蘇甲郷にあった日本の城(平城)。現在の城跡は称念寺という十河氏ゆかりの寺となっており、称念寺一帯が本丸と考えられている。市指定史跡。
作山城
作山城(つくりやまじょう)は、香川県高松市香西南町にあった日本の城。
虎丸城
虎丸城(とらまるじょう)は、香川県東かがわ市水主、与田山の虎丸山にあった日本の城。
仲村城
仲村城(なかむらじょう)は、香川県善通寺市にある日本の城跡。
引田城
引田城(ひけたじょう)は、香川県東かがわ市引田にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
昼寝城
昼寝城(ひるねじょう)は、香川県さぬき市前山にあった日本の城(山城)。さぬき市指定史跡。
岡豊城
岡豊城(おこうじょう)は、高知県南国市にあった中世の日本の城(山城)。戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城であった。城跡は国の史跡に指定されている。
甘崎城
甘崎城(あまざきじょう)は、愛媛県今治市上浦町甘崎の古城島にあった日本の城(海城)。別名古城、岸の城、荒神城。愛媛県指定史跡。
一之森城
一之森城(いちのもりじょう)は、愛媛県北宇和郡鬼北町にあった日本の城(山城)。
永納山城
永納山城(えいのうさんじょう)は、伊予国桑村郡の永納山・医王山(現在の愛媛県西条市河原津・楠、今治市孫兵衛作(まごべえさく)) にあった日本の古代山城。城跡は国の史跡に指定されている。
大洲城
大洲城(おおずじょう)は、四国の伊予国喜多郡大洲(現・愛媛県大洲市大洲)にあった日本の城。別名としては地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城(大洲の旧称)などがある。
河後森城
河後森城(かごもりじょう)は、愛媛県北宇和郡松野町松丸にあった日本の城(山城)。国の史跡。
甲之森城
甲之森城(かぶとのもりじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。標高451mの山頂にあり、周囲は平地となっている。
川之江城
川之江城(かわのえじょう)は、愛媛県四国中央市川之江町の鷲尾山(城山)にある日本の城。別名の仏殿城の名でも著名である。
吉良城
吉良城(きらじょう)は、土佐国(現高知県高知市春野町弘岡上)にあった中世の日本の城。 別名吉良峰城。高知市指定史跡。
生子山城
生子山城(しょうじやまじょう)は、愛媛県新居浜市立川町にあった日本の城。曹洞宗瑞應寺 (新居浜市)がある。
白木城
白木城(しらきじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。 富野川、片川、宇和川に囲まれた標高357mの山頂にあり、周囲は絶壁となっていた。宇都宮乗綱ら伊予宇都宮氏が城主を務め、落城後は禅門に入ったという。
天ヶ森城
天ヶ森城(てんがもりじょう)は、愛媛県宇和島市にあった日本の城(山城)。
法華津本城
法華津本城(ほけづほんじょう)は、愛媛県宇和島市にあった日本の城(山城)。宇和島市指定史跡。
三滝城
三滝城(みたきじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。
湯築城
湯築城(ゆづきじょう)は、愛媛県松山市道後公園にあった日本の城。堀や土塁が現存する。国の史跡に指定されている。
竜ヶ森城
竜ヶ森城(りゅうがもりじょう)は、愛媛県西予市城川町魚成にあった日本の城(山城)。龍ヶ森城、隆ヶ森城とも書く。
安芸城
安芸城(あきじょう)は、高知県安芸市土居にあった日本の城(平山城)。江戸時代には土佐藩山内家家老の五藤家が居住し、安芸(安喜)土居として存続した。安芸市指定史跡。
浦戸城
浦戸城(うらどじょう、Urado Castle, Urado-jo)は、高知県高知市浦戸(土佐国吾川郡浦戸)にあった日本の城。 戦国時代に長宗我部元親が居城とし、山内一豊も高知城に移るまで居城とした。現在は県の史跡に指定されている。
玖島城
玖島城(くしまじょう)は、長崎県大村市玖島にあった日本の城。
楠目城
楠目城(くずめじょう)は、高知県香美市土佐山田町楠目字楠目にあった中世の日本の城。別名山田城。「楠目城跡」として香美市指定史跡。
介良城
介良城(けらじょう)は、高知県高知市介良(けら)にあった日本の城。 介良城は横山氏の居城である花熊城の東の標高170mの山頂に築かれた。詰城(つめのしろ)かと思われる。現在の山頂は緑地公園となっており、城跡には草が生い茂っているが、石垣などは残っている。
宿毛城
宿毛城(すくもじょう)は、高知県宿毛市にあった日本の城(平山城)。別名松田城。城跡は宿毛市指定史跡に指定されている。
姫野々城
姫野々城(ひめののじょう)は、高知県高岡郡津野町姫野々にあった日本の城。別名、半月城。津野氏代々の居城。津野町指定史跡。
怡土城
怡土城(いとじょう / いとのき)は、筑前国怡土郡の高祖山(現在の福岡県糸島市高来寺・大門・高祖)にあった日本の古代山城(分類は中国式山城)。城跡は国の史跡に指定されている。
岩門城
岩門城(いわとじょう)は、福岡県那珂川市山田にあった日本の城。
岩屋城
岩屋城(いわやじょう)は、福岡県太宰府市浦城(筑前国御笠郡)にあった日本の城(山城)。戦国時代末期の天正14年(1586年)、島津忠長率いる島津軍と大友軍の高橋紹運との壮絶な攻防戦(岩屋城の戦い)で知られる。
有智山城
有智山城(うちやまじょう)は、福岡県大宰府市内山にあった日本の城。
浦ノ城
浦ノ城(うらのじょう)は、福岡県太宰府市太宰府にあった日本の城。
岩石城
岩石城(がんじゃくじょう)は、福岡県田川郡添田町添田1788番地の2にあった日本の城。標高454mの岩石山山頂を主郭とした山城であった。
城井谷城
城井谷城(きいだにじょう)は、福岡県築上郡築上町寒田にあった日本の城。萱切城などの別名がある。
久留米城
久留米城(くるめじょう)は、福岡県久留米市篠山町(筑後国御井郡)にあった日本の城 。
古処山城
古処山城(こしょさんじょう)は、福岡県朝倉市野鳥にあった日本の城(山城)。秋月氏の本拠地であった。
住厭城
住厭城(「すみあきじょう」または「すみあくじょう」)は、福岡県久留米市御井町にあった日本の城(山城)。
東光寺城
東光寺城(とうこうじじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
名島城
名島城(なじまじょう)は、福岡県福岡市東区名島(筑前国名島)にあった日本の城。
別所城
別所城(べっしょじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
水城
水城(みずき)は、福岡県太宰府市・大野城市・春日市にまたがり築かれた日本の古代の城。城跡は、1953年(昭和28年)3月31日、国の特別史跡「水城跡」に指定されている。
妙見城
妙見城(みょうけんじょう)は、福岡県うきは市にあった日本の城(山城)。
柳川城
柳川城(やながわじょう)は、福岡県柳川市本城町にあった日本の城。柳河城とも書く。別名、舞鶴城(まいづるじょう)。江戸時代には柳川藩の藩庁が置かれた。本丸は柳川市指定史跡に指定されている。
吉見岳城
吉見岳城(よしみだけじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
姉川城
姉川城(あねがわじょう)は、佐賀県神埼市にあった日本の城(平山城)。国の史跡。
今岳城
今岳城とは、佐賀県伊万里市にあった日本の城。初代城主は伊万里源三郎上。
小城城
小城城(おぎじょう)は、佐賀県小城市にあった日本の城(平山城)。
おつぼ山城
おつぼ山城(おつぼやまじょう)は佐賀県武雄市に所在する古代山城。国の史跡に指定されている。
帯隈山城
帯隈山城(おぶくまやまじょう)は佐賀県佐賀市に所在する古代山城。国の史跡に指定されている。
勝尾城
勝尾城(かつのおじょう)は、佐賀県鳥栖市河内町にあった日本の城(山城)。本城の勝尾城、鬼ヶ城、高取城、葛籠城、鏡城、若山砦等の支城群と当主の居館跡、家臣団屋敷跡、寺社跡、町屋跡で構成されたエリアは「勝尾城筑紫氏遺跡」として国の史跡に指定されている。
唐津城
唐津城(からつじょう)は、佐賀県唐津市東城内にあった日本の城郭。別名舞鶴城(まいづるじょう)。
岸岳城
岸岳城(きしたけじょう)は、佐賀県唐津市相知町佐里・北波多岸山にあった日本の城(山城)。もともとは鬼子岳城と書いた。佐賀県指定史跡。
勢福寺城
勢福寺城(せいふくじじょう)は、佐賀県神埼市神埼町城原字北外にあった日本の城。
常広城
常広城(つねひろじょう)は、佐賀県鹿島市常広にあった日本の城(平山城)。
仁比山城
仁比山城(にいやまじょう)は、佐賀県神埼市にあった日本の城(山城)。
三瀬城
三瀬城(みつせじょう)は、佐賀県佐賀市三瀬村にあった日本の城(山城)。
与賀城
与賀城(よかじょう)は、佐賀県佐賀市与賀町にあった日本の城。
石田城
石田城(いしだじょう)は、長崎県五島市池田町にあった日本の城。城跡は長崎県指定史跡。城内に残る五島氏庭園は国の名勝に指定されている。福江城とも記される。続日本100名城の1つ。
梶谷城
梶谷城(かじやじょう)は、肥前国松浦郡(現長崎県松浦市今福町東免)にあった日本の城。
勝本城
勝本城(かつもとじょう)は、長崎県壱岐市勝本町坂本触(壱岐国壱岐郡勝本)にあった安土桃山時代の日本の城。別称風本(かざもと)城・武末城・雨瀬包(あませかね)城。国の史跡に指定されている。
金石城
金石城(かねいしじょう)は、長崎県対馬市厳原町にあった日本の城。市街を挟んで北東隣の桟原城(さじきばらじょう)とあわせて厳原城(いずはらじょう)ともいう。
金田城
金田城(かねだじょう/かなたのき/かねたのき)は、長崎県対馬市美津島町黒瀬(対馬国下県郡)にあった日本の古代山城(分類は朝鮮式山城)。城跡は国の特別史跡に指定されている。
釜蓋城
釜蓋城(かまぶたじょう)は、長崎県雲仙市にあった日本の城。有馬氏家臣・千々石淡路守直員(千々石ミゲルの実父)が城主を務めた。標高154メートルの山城である。雲仙市指定史跡。
三城城
三城城(さんじょうじょう)は、長崎県大村市三城町(肥前国彼杵郡大村武部郷)にあった戦国時代から江戸時代初期の日本の城。
鶴亀城
鶴亀城(つるかめじょう)は、長崎県雲仙市国見町にあった日本の城(山城)。東西350メートル×南北450メートルの大きな山城跡である。別名神代城・蓑鶴城。
原城
原城(はらじょう・はるのじょう)は、長崎県南島原市南有馬町乙にあった日本の城。国の史跡。別名、春城、志自岐原城、日暮城、有馬城。2018年6月30日に世界遺産登録が決まった長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の構成遺産である。 原城跡は2009年に認定された「島原半島ジオパーク」の主要なジオポイントの一つとして位置付けられている。
日野江城
日野江城(ひのえじょう)は、長崎県南島原市北有馬町戊谷川名(肥前国高来郡有間庄)にあった日本の城。日之江城、日ノ江城、火ノ江城、日ノ枝城とも記される。国の史跡。
愛藤寺城
愛藤寺城(あいとうじじょう)は、熊本県上益城郡山都町にあった日本の城。別名矢部城ともいう。 阿蘇氏は、阿蘇の南郷谷より浜町に居館「浜の館」を移し、川の対岸・小高い丘に詰めの城として岩尾城を築いた(現在の通潤橋が架かっている左岸側)が、地形的な制約から、防御力の更に強い城が別に必要であった。 緑川と千滝川に挟まれ、津留の緑川海運とつながる白糸の道は、有明海の緑川河口近くにある重要な港湾「川尻」とつな
内牧城
内牧城(うちのまきじょう)は、熊本県阿蘇市にあった中世・近世の日本の城(平山城)。 阿蘇市内牧の阿蘇火口原の北西端、阿蘇内牧温泉に位置する。一帯は黒川の自然堤防である微高地となっている。
宇土城
宇土城(うとじょう)は、熊本県宇土市にあった日本の城。別名城山・鶴城ともいう。同市にあった中世期の宇土城である宇土古城についても併記する。
堅志田城
堅志田城(かたしだじょう)は、熊本県下益城郡美里町にあった中世の日本の城(山城)。 熊本県下益城郡美里町尾根筋、標高256mに位置する。集落からの比高は約160mで、最高所に平坦地があり東半分は削平されている。南西および北西の集落に延びる尾根には計3条の堀切が設けられた。
菊池十八外城
菊池十八外城(きくちじゅうはちとじょう)は、肥後国菊池氏の居城であった菊池城(現在の菊池神社)を取り囲むように形成された城塞群。 文献ごとにその対象諸城・対象数は異なっており、寛政6年(1794年)の『菊池風土記』を参照した場合は菊の城(菊の池城、菊池古城)、染土城(鷹取城)、亀尾城(丸城、板井古城)、城林城(上林、木葉、城村、城山)、茂藤里城(元居城)、出田城(古池城)、馬渡城、正光寺城、増永城
志岐城
志岐城(しきじょう)は、熊本県天草郡苓北町にあった日本の城。
城村城
城村城(じょうむらじょう)は、熊本県山鹿市城字城にあった中世の日本の城(丘城)。山鹿市指定史跡。
津森城
津森城(つもりじょう)は、熊本県益城町にあった日本の城。 阿蘇合戦で島津勢に徹底抗戦した光永宗甫の居城。光永宗甫は、一回は島津に降伏するが、その後、反旗を翻して再び抗った。しかし、島津の逆襲により陥落してしまう。 結果的には、光永宗甫は討死し、共に抗った高森惟直、合志隆重らも討死してしまう。
富岡城
富岡城(とみおかじょう)は、熊本県天草郡苓北町富岡(肥後国天草郡)にあった日本の城。本丸跡に熊本県富岡ビジターセンターが整備され、櫓・高麗門なども復元整備されている。
花の山城
花の山城(はなのやまじょう)は、熊本県宇城市にあった中世の日本の城(山城)。 宇城市豊野町の娑婆神峠の南山頂、標高229mに位置する。山頂部分は楕円状の平坦地で、東西の斜面に幅6mの曲輪が2段、他に削落しの跡がある。
日渡城
日渡城(ひわたしじょう)は、熊本県山鹿市菊鹿町下内田日渡にあった日本の城(丘城)。築城年代は不明。江戸時代の柳川藩士・内田氏の系図では、豊後の戦国大名・大友氏の下に亡命した相良氏庶流・内田氏の肥後国での居城とされているが、『肥後国誌』あるいは『日本歴史地名大系』では隈部館または猿返城である永野城と混同されている。
古麓城
古麓城(ふるふもとじょう)は、熊本県八代市古麓町(旧 肥後国八代郡)にあった諸城の総称、近世に名付けられた城塞群。古麓町の東側の山中に7城(曲輪)が存在したと一般に言われている。 平成26年(2014年)に「八代城跡群(やつしろしろあとぐん)」の名称で、八代城、麦島城とともに国の史跡に指定された。
本渡城
本渡城(ほんどじょう)は、熊本県天草市にあった中世の日本の城(山城)。
水俣城
水俣城(みなまたじょう)は、熊本県水俣市古城にあった中世の日本の城(丘城)。
御船城
御船城(みふねじょう)は、熊本県上益城郡御船町にあった中世の日本の城(平山城)。現在の御船町立御船小学校の南側、東西40m・南北150mの丘陵に立地していた。
朝日嶽城
朝日嶽城(あさひだけじょう)は、大分県佐伯市宇目大字塩見園(豊後国海部郡)にあった戦国末期の日本の城(山城)。
臼杵城
臼杵城(うすきじょう)は、大分県臼杵市にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。戦国時代、大友宗麟により臼杵城の前身となる「丹生島城(にうじまじょう)」が築かれ、大友氏の拠点となった。江戸時代には臼杵藩の藩庁が置かれた。 丹生島は北、南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害をなしていた。
高崎山城
高崎山城(たかさきさんじょう)は、大分県大分市の高崎山にあった日本の城。高崎城とも呼ばれる。
鶴崎城
鶴崎城(つるさきじょう)は、大分県大分市鶴崎にあった日本の城。大友氏家臣の吉岡氏の居城であった。
栂牟礼城
栂牟礼城(とがむれじょう)は、大分県佐伯市弥生(旧南海部郡弥生町)大字井崎上小倉にあった日本の城(山城)。大永年間(1521年-1528年)に佐伯惟治によって栂牟礼山に築かれたとされる。
時枝城
時枝城(ときえだじょう)は、大分県宇佐市下時枝にあった日本の城。宇佐神宮弥勒寺の寺務方であった時枝氏の居城。
永山城
永山城(ながやまじょう)は、大分県日田市丸山町にあった日本の城。小川氏築城時は丸山城(まるやまじょう)と呼ばれた。別名、豆田城(『豊城世譜』)、月隈城(つきくまじょう)ともいう。この「月隈城」の呼称については、『豊後国志』巻之八にみられる。以下は、日田陣屋を併記する。
日出城
日出城(ひじじょう)は、大分県速見郡日出町にあった日本の城。江戸時代を通して、木下氏が居城した。明治初期の府藩県三治制下において日出藩の藩庁が置かれた。
日田城
日田城(ひたじょう)は、大分県日田市北豆田慈眼山公園とその一帯(豊後国日田郡在田郷城内村)にあった日本の城。大蔵城、鷹城、高城ともいう。
真玉城
真玉城(またまじょう)は、大分県豊後高田市大村にあった日本の城。
妙見嶽城
妙見嶽城(みょうけんだけじょう)は、大分県宇佐市院内町香下(豊前国宇佐郡)の妙見岳山頂にあった日本の城。
鎧岳城
鎧岳城(よろいだけじょう)は、大分県豊後大野市大野町の鎧ヶ岳山にあった日本の城。
伊東四十八城
伊東四十八城(いとうしじゅうはちじょう)は、現在の宮崎県にあたる日向国の戦国大名・伊東義祐およびその後継である伊東義益の、日向伊東氏最盛期における支配域内に存在した48の外城及び砦の名数。伊東氏48塁とも呼称される。
天ヶ城
天ヶ城(あまがじょう)は、宮崎県宮崎市高岡町内山にあった日本の城(山城)。別名高岡城(たかおかじょう)・麓城(ふもとじょう)。旧名内山城(うちやまじょう)。伊東四十八城の一つ。宮崎市指定史跡。
井上城
井上城(いのうえじょう)は、宮崎県延岡市にあった日本の城。
内木場城
内木場城(うちこばじょう)は、宮崎県小林市東方にあった日本の城(平山城)。別名木葉城(こばじょう)。
大河平城
大河平城(おこびらじょう)は、宮崎県えびの市大河平元屋敷にあった日本の城(山城)。
加久藤城
加久藤城(かくとうじょう)は、宮崎県えびの市加久藤にあった日本の城(平山城)。伊東氏の史料には「覚頭城」と記されている。えびの市指定史跡。
亀頭山城
亀頭山城(きとうさんじょう)、または亀頭城(きとうじょう)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町大字河内字染田にあった安土桃山時代の日本の城。三田井氏勢力下の山城で「高千穂48塁」の1つ。
曽井城
曽井城(そいじょう)は、宮崎県宮崎市大字恒久(つねひさ)にあった日本の城(山城)。伊東四十八城の1つ。
園田城
園田城(そのだじょう)は、宮崎県えびの市榎田の園田にあった日本の城(平山城)。
大明神城
大明神城(だいみょうじんじょう)は、宮崎県えびの市大明司にあった砦(日本の城)。別名小城、或いは大明司塁で、『飯野古事記』には山城ともある。
徳満城
徳満城(とくみつじょう)は、宮崎県えびの市東川北にあった日本の城(山城)。
延岡城
延岡城(のべおかじょう)は、宮崎県延岡市本小路にあった日本の城。もとは縣城(あがたじょう)といい、別名は亀井城(かめいじょう)である。
丸野城
丸野城(まるのじょう)は、宮崎県宮崎市大字鏡洲(かがみず)小字丸野にあった日本の城(山城)。築城者・築城年代とも不明。双石山(ぼろいしやま)から派生した山にあり、古くから「じょうやま」と呼ばれていたという以外、城についての記録がない。
三ツ山城
三ツ山城(みつやまじょう)は、宮崎県小林市細野にあった日本の城(平山城)。伊東四十八城の一つ。別名を三ノ山城(みのやまじょう、さんのやまじょう)、あるいは吉富城。現在は城山団地。
赤木名城
赤木名城(あかきなじょう)は、鹿児島県奄美市笠利町(奄美群島奄美大島)にあった日本の城。12世紀に築かれ、17世紀まで使用が確認された。国の史跡に指定されている。
久野城
久野城(くのじょう)は、茨城県牛久市久野町にあった日本の城。
一宇治城
一宇治城(いちうじじょう)は、鹿児島県日置市伊集院町大田(薩摩国伊集院)にあった中世の日本の城(山城)。
内城
内城(うちじょう)は、鹿児島県鹿児島市大竜町にあった島津氏の日本の城。
頴娃城
頴娃城(えいじょう)は、鹿児島県南九州市頴娃町郡字城内にあった日本の城。鹿児島県の指定史跡文化財に指定されている。
加治木城
加治木城(かじきじょう)は、鹿児島県姶良市加治木町反土にあった日本の城。1607年(慶長12年)、島津義弘がこの地に移ったときに麓に加治木館を作り、加治木城はその「後詰めの城」となった。
清色城
清色城(きよしきじょう)は、鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
建昌城
建昌城(けんしょうじょう/たてまさじょう)は、鹿児島県姶良市にあった日本の城。瓜生野城(うりうのじょう)とも呼ばれる。鹿児島県指定史跡。
志布志城
志布志城(しぶしじょう)は、鹿児島県志布志市志布志町(日向国諸県郡救仁院志布志)にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
橘木城
橘木城(たちばなきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。橘城、橘之城、曽於郡城、剣之宇都城(けんのうとじょう)、神山城とも呼ばれる。
知覧城
知覧城(ちらんじょう)は、鹿児島県南九州市知覧町永里にあった日本の城(中世山城)。国の史跡に指定されている。
堂崎城
堂崎城(どうざきじょう)は、鹿児島県長島町城川内(じょうかわうち)にあった日本の城。
東福寺城
東福寺城(とうふくじじょう)は、鹿児島県鹿児島市清水町(薩摩国鹿児島郡清水馬場町)にあった日本の城(山城)。平安時代に築城され江戸時代の初期に廃城となった。 現在は多賀山公園として整備されている。
富隈城
富隈城(とみくまじょう、とみのくまじょう)は、鹿児島県霧島市隼人町住吉の浜之市地区にあった安土桃山時代末期の日本の城。霧島市指定史跡。
姫木城
姫木城(ひめきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。比売之城(ひめのき)、比売奴城、比売妓城、熊襲城とも呼ばれる。
安慶名城
安慶名城(あげなじょう、琉球語(沖縄語): あぎなグスク、あぎなグシク)は、沖縄県うるま市安慶名にあったグスク(御城)の城趾である。 15世紀(三山時代)から16世紀にかけて同城を拠点に沖縄本島中部一帯を三代にわたり支配した安慶名大川按司(英祖王の男系子孫)の拠点として知られ、1972年(昭和47年)5月15日に国の史跡に指定された。
安谷屋城
安谷屋城(あだにやグスク/あだにやじょう)は沖縄県中頭郡北中城村安谷屋に所在するグスク(城)跡。
伊是名城
伊是名城(いぜなぐすく)は、伊是名島(沖縄県伊是名村)の東南にそびえるグスクである。沖縄県指定史跡。
伊波城
伊波城(いはぐすく/いはじょう)、または伊覇城は、沖縄県うるま市石川にあったグスク(御城)跡である。沖縄県の史跡に指定されている。
宇江城城
宇江城城(うえぐすくじょう、うえぐすくぐすく)は、沖縄県島尻郡久米島町仲里宇江城にあるグスク(御城)である。 城跡は2009年(平成21年)7月23日に国の史跡に指定されている。
浦添城
浦添城(うらそえじょう、浦添城跡)は、沖縄県浦添市にある城(グスク)跡。1989年(平成元年)8月11日、国の史跡に指定されている(浦添大公園)。浦添城跡北側崖下中腹には浦添ようどれがある。
垣花城
垣花城(かきのはなぐすく・かきのはなじょう)は、沖縄県島尻郡南城市玉城垣花にあったグスク(御城)である。
喜屋武城
喜屋武城(きゃんぐすく)は、沖縄県うるま市喜仲四丁目にある琉球王国時代の城跡(グスク)である。
名護城
名護城(なんぐすく)は、沖縄県名護市字城にある城跡(グスク)である。城跡一帯は「名護中央公園」として整備されており、日本さくら名所100選の1つとして「名護城公園」が選ばれている。名護按司の居城だったと伝えられる。
島添大里城
島添大里城(しましーうふざとぐすく)、史跡名:島添大里城跡(しましーおおざとじょうあと)は、現在の沖縄県南部にあった城(グスク)である。別名を大里城。 2005年まで存した自治体の大里村(現南城市)の村名は、このグスクの名に因む。現在は廃墟となっているが、2012年1月に国の史跡に指定されている。
下田原城
下田原城(しもたばるじょう)は、八重山諸島の波照間島(沖縄県八重山郡竹富町)にある城(グスク)。2003年(平成15年)3月25日に国の史跡に指定されている。琉球王国統一の歴史を示す重要な遺跡。沖縄の日本復帰直後「ぶりぶち公園」として、地元老人会により寄付で整備されたが、現在は公園としては荒れ、亜熱帯の自然の侵食のままとなっている。
天願城
天願城(てんがんじょう、琉球語: ティングヮングスク)は、沖縄県うるま市天願にあったグスク(御城)跡。15世紀に安慶名城を拠点に中部一帯を支配した安慶名大川按司1世の3男・後天願按司1世などが貿易の拠点であった具志川城と共に統治した。 遺構そのものが米海兵隊キャンプ・コートニーの基地内に囲まれており、保存状態は不明、未調査のままである。
米沢城
米沢城(よねざわじょう)は、山形県米沢市丸の内(出羽国置賜郡)にあった中世から近世にかけての日本の城(平山城)。長井氏および伊達氏の本拠地であり、江戸時代は米沢藩上杉氏の藩庁および、二の丸に米沢新田藩の藩庁が置かれていた。2017年には続日本100名城に選定された。今では城のそのものは残っていないが(複数の神社などが残る)梅・桜・もみじ・芍薬・紅花・林檎・芝の草花樹群が遺り、土塁や水堀が戦国時代の
角館城
角館城(かくのだてじょう)は、秋田県仙北市の角館地域にあった日本の城(山城)。別名、小松山城。戦国時代に戸沢氏の本拠地があったことで知られている。
三春城
三春城(みはるじょう)は、陸奥国田村郡(福島県田村郡三春町)にあった日本の城。三春町指定史跡。別名舞鶴城。三春藩の藩庁であった。
向羽黒山城
向羽黒山城(むかいはぐろやまじょう)は、陸奥国(福島県大沼郡会津美里町)にあった日本の城(日本最大級の山城)。城跡は国の史跡に指定されている。
岩櫃城
岩櫃城(いわびつじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。吾妻川北岸の岩櫃山中腹に位置し、戦国期に、上杉謙信に従う斉藤氏と、武田信玄に従う真田氏が当地をめぐり争った。最終的には真田信之の支配下に収まり、慶長19年(1614年)に廃城となった。国の史跡に指定されている。
岩槻城
岩槻城(いわつきじょう)は、埼玉県さいたま市岩槻区(武蔵国埼玉郡岩槻)にあった日本の城(平山城)。岩槻藩の藩庁。鎌倉時代以前に築かれ、大宮台地岩槻支台上に立地。別称に岩付城、岩附城、浮城、白鶴城がある。県指定史跡。
三戸城
三戸城(さんのへじょう)は、青森県三戸郡三戸町梅内にあった日本の城。通称留ヶ崎城。城跡は国の史跡に指定されている。
守谷城
守谷城(もりやじょう)は、茨城県守谷市にあった日本の城。中世に下総相馬氏が本拠とした。戦国期の史料には「相馬要害」と記される。近世初頭、当地には守谷藩が置かれたが、江戸時代前半には廃藩となり、この城も廃城となった。かつての城の中枢部(城山地区)を中心として守谷城址公園が整備されている。
児山城
児山城(こやまじょう)は、栃木県下野市下古山(下野国都賀郡児山郷)にあった日本の城。本丸跡の堀と土塁が残り、栃木県の史跡に指定されている。児山氏がおよそ10代にわたって拠った城であるが、文献記録に乏しく、謎の城とされてきた。
安中城
安中城(あんなかじょう)は、上野国碓氷郡安中(現・群馬県安中市安中)にあった戦国時代・江戸時代の日本の城。江戸時代には安中藩の藩庁が置かれた。別名の扇城(おうぎじょう)は、本丸の御殿を要として、他の城地が東西南の三方に扇のように広がっていることに由来している。
丸森城
丸森城(まるもりじょう)は、宮城県伊具郡丸森町渕ノ上(陸奥国伊具郡)にあった日本の城。現地の案内板などでは「丸山城」として紹介されているが、仙台藩の公式記録である『性山公治家記録』には「丸森城」とある。城は阿武隈川南岸の渕ノ上に在し、阿武隈川支流の五福谷川が城の西側を回り込む。
九戸城
九戸城(くのへじょう)は、岩手県二戸市福岡城ノ内にあった日本の城。後に盛岡へと移るまで南部氏の居城となり福岡城と改められたが、九戸城と呼ぶのが普通である。別名「宮野城」。国の史跡に指定されている。
十二丁目城
十二丁目城(じゅうにちょうめじょう)は、 岩手県花巻市十二丁目にあった日本の城。別称獅子ヶ鼻城。北上川中流域の獅子ヶ鼻の台上にあり古館、上館とも称し、台地の後背地(西側)に濠があったといわれるが、いまは水田のため確認はできない。
根添城
根添城(ねぞえじょう)、または根添館(ねぞえたて)は、宮城県仙台市太白区坪沼地区にあった日本の城(山城)。陸奥国の豪族安倍氏の支城として用いられた。
八丁目城
八丁目城(はっちょうめじょう)は、福島県福島市松川町にあった戦国時代の城館(日本の城)。現在、山頂には愛宕神社、八幡神社が祀られている。山城としては保存状態が良く、土塁の跡が多数確認できる。
羽黒城
羽黒城(はぐろじょう)は、尾張国丹羽郡羽黒(現愛知県犬山市羽黒字城屋敷)にあった日本の城(平城)。
蜂須賀城
蜂須賀城(はちすかじょう)は、愛知県あま市蜂須賀にあった日本の城。
早尾東城
早尾東城(はやおひがしじょう)は、愛知県愛西市にあった日本の城(平城)。
半田城
半田城(はんだじょう)は、愛知県半田市にあった日本の城(平城)。別名坂田城。
深溝城
深溝城(ふこうずじょう)は、愛知県額田郡幸田町深溝にあった戦国時代から江戸時代初期の日本の城。
本地城
本地城(ほんじじょう)は、尾張国春日井郡(現愛知県瀬戸市西本地町)にあった日本の城(平城)。
円山城
円山城(まるやまじょう)愛知県豊田市御蔵町に所在する中世城館跡である。 阿摺川南岸の尾根を利用し、中心の主郭と東西に堀切及び曲輪を配置した連郭式山城である。
溝口城
溝口城(みぞぐちじょう)は、愛知県豊山町にあった日本の城(平城)。
宮後城
宮後城(みやうしろじょう)は、尾張国丹羽郡宮後村(現在の愛知県江南市)にあった日本の城。「蜂須賀屋敷」「小六屋敷」などとも呼ばれる。
室城
室城 (むろじょう) は、三河国 (現在の愛知県西尾市) にあった日本の城。吉良氏譜代の家臣を代々つとめた富永氏の居城だった。藤波畷の戦いの後に廃城となった。
八面城
八面城 (やつおもてじょう) は、三河国(現在の愛知県西尾市) にあった日本の城。荒川城 (あらかわじょう)とも呼ばれる。室町時代後期に築城され、荒川氏の居城であった。
矢合城
矢合城(やわせじょう)は、愛知県稲沢市にあった日本の城(平城)。
吉川城
吉川城(よしかわじょう)は、尾張国知多郡(現・愛知県大府市吉川町1丁目)にあった日本の城。
月ヶ谷城
月ヶ谷城(わちがやじょう)は、愛知県豊橋市嵩山町にあった戦国時代の日本の城(山城)。五本松城へ移転するまで、三河西郷氏の本城であった。
槇島城
槇島城(まきしまじょう)は、京都府宇治市槇島町にあった日本の城。槙島城とも表記される。
安濃城
安濃城(あのうじょう)は、三重県津市安濃町安濃字城山にあった日本の城(山城)。主郭跡にある阿由多神社に奉納された大般若経600巻は津市の指定有形文化財に指定されている。
家城城
家城城(いえきじょう)は、三重県津市にあった日本の城(山城)。
上野城
上野城(うえのじょう)は、三重県伊賀市上野丸之内(上野公園)にある日本の城(平山城)。白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれる。
大河内城
大河内城(おかわちじょう)は、三重県松阪市大河内町城山にあった日本の城(山城)。城は丘陵の北端に築造されており、東に阪内川、北に矢津川、西側と南側には深い谷が入り自然の要害であった。築城主は北畠満雅。
神戸城
神戸城(かんべじょう)は、三重県鈴鹿市神戸本多町にあった日本の城。江戸時代には神戸藩の藩庁が置かれた。
桑名城
桑名城(くわなじょう)は、三重県桑名市にあった日本の城。江戸時代は伊勢桑名藩の藩庁が置かれた。元禄14年(1701年)に焼失。
下笠田城
下笠田城(しもかさだじょう)は、三重県いなべ市員弁町下笠田字旭1550付近(伊勢国北勢地方)にあった日本の城。 城郭形式は平山城。 北勢四十八家の1つ多湖氏の居城であった。
千賀地氏城
千賀地氏城(ちがちしじょう)は、三重県伊賀市予野にあった日本の城(丘城)。別名、千賀地城とも呼ばれている。
波切城
波切城(なきりじょう)は、三重県志摩市大王町波切にあった日本の城。
福地城
福地城(ふくちじょう)は、三重県伊賀市柘植字浦出にあった日本の城(丘城・城館)。
戸木城
戸木城(へきじょう)は、三重県津市戸木町にあった日本の城(平山城)。
松ヶ島城
松ヶ島城(まつがしまじょう)は、三重県松阪市にあった日本の城(平城)。1580年(天正8年)に付近の田丸城が焼失したため、織田信雄が新たに城を築き、松ヶ島城と命名した。県の指定文化財。
峯城
峯城(みねじょう)は、三重県亀山市川崎町森字殿町にあった日本の城(平山城)。
茂福城
茂福城(もちぶくじょう)は、三重県四日市市富田地区茂福町里ノ内(伊勢国朝明郡(北勢地方))にあった日本の城。北勢四十八家・朝倉氏の居城。四日市市市指定史跡。
滋賀県の城
滋賀県の城(しがけんのしろ)は滋賀県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
宇佐山城
宇佐山城(うさやまじょう)は、滋賀県大津市南滋賀町にあった中世の日本の城(山城)。湖西周りで京都に向かうには避けては通れない位置にあった。
大津城
大津城(おおつじょう)は、安土桃山時代に近江国滋賀郡大津にあった日本の城。
佐嘉飯盛城
佐嘉飯盛城(さがいさがいじょう)は、佐賀県佐賀市本庄町鹿子にあった日本の城(平山城)。
崎村城
崎村城(さきむらじょう)は、佐賀県神埼市にあった日本の城(平山城)。
河瀬城
河瀬城(かわせじょう)は、滋賀県彦根市にあった日本の城。
久徳城
久徳城(きゅうとくじょう)は、滋賀県犬上郡多賀町久徳にあった日本の城。六角氏と浅井氏の係争の地として戦場となる。
坂本城
坂本城(さかもとじょう)は、近江国滋賀郡坂本(滋賀県大津市下阪本)にあった日本の城。明智光秀の居城として築かれ、琵琶湖に面する平城。遺構は市街地化によりほぼ消滅している。城跡は国の史跡に指定されている。
佐和山城
佐和山城(さわやまじょう)は、近江国坂田郡(滋賀県彦根市)の佐和山にあった中世中期から近世初期にかけての日本の城(山城)。現・佐和山城址。 坂田郡および直近の犬上郡のみならず、織豊政権下において畿内と東国を結ぶ要衝として、軍事的にも政治的にも重要な拠点であり、16世紀の末には織田信長の配下の丹羽長秀、豊臣秀吉の奉行石田三成が居城とし、関ヶ原の合戦後は井伊家が一時的に入城したことでも知られる。
寺村城
寺村城(てらむらじょう)は、滋賀県東近江市蒲生寺町40番地と綺田町351番地の境あたりにあった日本の城(平山城)。寺村氏によって築かれた。寺村館(てらむらやかた)ともいわれる。
八幡山城
八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市宮内町周辺(近江国蒲生郡)にあった日本の城(山城)。羽柴秀次の居城として知られる。別名近江八幡城とも呼ばれている。
宮津城
宮津城(みやづじょう)は、丹後国与謝郡宮津(京都府宮津市鶴賀)にあった日本の城。現存していれば日本の海城を代表する城であった。
向島城
向島城(むかいじまじょう)は、京都市伏見区向島本丸町にあった近世の日本の城。
日野城
日野城(ひのじょう)は、滋賀県蒲生郡日野町にあった日本の城。 歴史的には日野城というが、日野町には中世に蒲生氏が築いた音羽城と区別する必要もあり、日野の地域名をとって中野城とも呼ばれる。江戸時代は、日野城跡の一部に仁正寺藩市橋氏が仁正寺陣屋を構えた。
水茎岡山城
水茎岡山城(みずぐきおかやまじょう)は、滋賀県近江八幡市牧町にあった日本の城。岡山城、尾山城、九里城とも呼ばれる。
箕作城
箕作城(みつくりじょう)は、滋賀県東近江市五個荘山本町箕作山の山上にあった六角氏の城館(日本の城)。
水口岡山城
水口岡山城(みなくちおかやまじょう)は、滋賀県甲賀市水口町水口にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
水口城
水口城(みなくちじょう)は、近江国甲賀郡水口村(現・滋賀県甲賀市水口町水口)にあった日本の城。城跡は県指定史跡である。
嵐山城
嵐山城(あらしやまじょう)は、山城国葛野郡(京都府京都市西京区)の嵐山山頂にあった日本の城。約500年前頃の戦国時代に造られた典型的かつ大規模な山城のひとつで、当時は嵯峨城とも呼ばれた。
宇治田原城
宇治田原城(うじたわらじょう)は、山城国宇治田原(京都府綴喜郡宇治田原町)にあった城館(日本の城)。土豪・山口甚助の館。別名山口城。
宇津城
宇津城(うつじょう)は、京都府京都市右京区京北下宇津町(旧・丹波国桑田郡宇津荘)にあった中世の日本の城。
数掛山城
数掛山城(かずけやまじょう)は、現在の京都府亀岡市本梅町西加舎(旧・丹波国桑田郡)にあった日本の城。
弓木城
弓木城(ゆみのきじょう)は、丹後国(現京都府与謝野町岩滝)にあった日本の城。
京都新城
京都新城(きょうとしんじょう)は、太閤豊臣秀吉が関白豊臣秀次の聚楽第を破却した後、豊臣関白家の正式な邸宅として京都御所(禁裏)東南に構えた豊臣秀頼のための城郭風邸宅である。秀吉の薨去後秀頼は大坂城を常の住居としたため、秀頼が短期間利用した後は、秀吉の正室である高台院(北政所)と養子羽柴利次が住居として用いたのみであった。 なお、「京都新城」は現代になってからの呼称であり、当初は太閤御屋敷、太閤御所
将軍山城
将軍山城(しょうぐんやまじょう)は、京都府京都市左京区北白川清沢口町(山城国愛宕郡)の瓜生山(標高301メートル)にあった戦国時代の日本の城(山城)。別名北白川城(きたしらかわじょう)、瓜生山城(うりょうさんじょう)、勝軍地蔵山城(しょうぐんじぞうやまじょう)とも呼ばれている。
勝竜寺城
勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)は、京都府長岡京市勝竜寺にあった南北朝時代から江戸時代初期にかけての日本の城。城名は付近にある勝龍寺に由来する。安土城に先行する「瓦・石垣・天守」を備えた近世城郭の原点として評価される。
園部城
園部城(そのべじょう)・園部陣屋(そのべじんや)は、京都府南丹市園部町小桜町周辺にあった陣屋または日本の城。園部城が日本の城郭史で最後の建築物となる。建造物群の一部は府の「暫定登録文化財」に登録されている。
寺戸城
寺戸城(てらどじょう)は、京都府向日市寺戸町古城にあった中世の日本の城。
淀城
淀城(よどじょう)は、山城国久世郡淀(京都府京都市伏見区淀本町)にあった日本の城。現在は本丸の石垣と堀の一部が残っている。江戸時代には久松松平家、戸田氏、稲葉氏など譜代大名が居城した。
安威城
安威城(あいじょう)は、大阪府茨木市安威にあった日本の城。安威砦は詰の砦ではなかったかと考えられているのに対して、安威城が平時の居館であった。
大和田城
大和田城(おおわだじょう)は、大阪市西淀川区大和田4丁目から5丁目付近にあった日本の城(平城)。正確な位置や城郭、築城や廃城などの歴史については不明な点が多い。もともと戦国時代に砦があった場所に、石山合戦の時に織田信長の命に本格的な城郭として築かれたのではないかと考えられている。
交野城
交野城(かたのじょう)は、河内国交野郡交野庄私部(大阪府交野市私部)にあった日本の城(平城)。別名私部城(きさべじょう)。交野市指定史跡に指定されている。
上赤坂城
上赤坂城(かみあかさかじょう)は、大阪府南河内郡千早赤阪村上赤阪にあった日本の城。「上赤阪城」と書くこともある。別名、楠木城。小根田城、桐山城とも言う。楠木七城の一つ。
岸和田城
岸和田城(きしわだじょう)は、大阪府岸和田市岸城町にあった日本の城。別名千亀利城(ちきりじょう)。江戸時代には岸和田藩の藩庁が置かれた。本丸庭園は国の名勝、城跡は大阪府の史跡に指定されている。本丸および二の丸一帯の4.9haは千亀利公園として岸和田市が管理している。
三箇城
三箇城(さんがじょう)は、大阪府大東市にあった日本の城。
地黄城
地黄城(じおうじょう)は、大阪府豊能郡能勢町地黄にあった日本の城(平城)。別名、地黄陣屋(じおうじんや)とも呼ばれている。
下赤坂城
下赤坂城(しもあかさかじょう)は、大阪府南河内郡千早赤阪村森屋にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
千石堀城
千石堀城(せんごくぼりじょう)は、大阪府貝塚市橋本にあった日本の城(山城)。
土丸城
土丸城(つちまるじょう)、または槌丸城は、大阪府泉佐野市土丸の城ノ山(じょうのやま)にあった南北朝時代の日本の城(山城)。南朝・北朝間での激しい争奪の舞台となった。2013年(平成25年)10月17日、隣接する泉南郡熊取町の雨山城と共に「土丸・雨山城」として国の史跡・日根荘遺跡の一部に加えられた。
原田城
原田城(はらだじょう)は、大阪府豊中市曽根西町及び原田元町付近にあった日本の城(平山城、丘城)。豊中市指定史跡。
二田城
二田城(ふったじょう)は、和泉国二田(現・大阪府泉大津市二田町)にあった日本の城。
古橋城
古橋城(ふるはしじょう)は、河内国茨田郡門真(門真荘、現在の大阪府門真市)にあった日本の城(平城)。
堀城
堀城(ほりじょう)は、大阪市淀川区にあった日本の城。別名中嶋城(なかじまじょう)。
三宅城
三宅城(みやけじょう/みあけじょう)は、大阪府茨木市にあった日本の城。宅地化、農地化がすすんで遺構などは地表上には存在せず、推定地として蔵垣内3丁目および丑寅2丁目が有力である。
八尾城
八尾城(やおじょう)は、河内国若江郡(大阪府八尾市)にあった日本の城。南北朝時代から安土桃山時代にかけて存在したが正確な所在はわかっていない(後述)。
兵庫県の城
兵庫県の城(ひょうごけんのしろ)は、兵庫県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
籾井城
籾井城(もみいじょう)は、丹波国多紀郡東部(現在の兵庫県丹波篠山市福住)にあった日本の城(山城)。安田城、福住城、福住古城とも呼ばれる。
出石城
出石城(いずしじょう)は、但馬国出石郡出石(兵庫県豊岡市出石町)にあった日本の城。豊岡市指定史跡。
伊丹城
伊丹城(いたみじょう)は、摂津国川辺郡伊丹段丘有岡(現・兵庫県伊丹市)にあった日本の城。別名有岡城(ありおかじょう、在岡城とも)。国の史跡に指定されている。
宅原城
宅原城(えいばらじょう)は、摂津国有馬郡(兵庫県神戸市北区長尾町宅原(鹿の子台北町))にあった日本の城。
大嶋城
大嶋城(おおしまじょう)は、兵庫県相生市那波町にあった日本の城。現在は山頂に神社がある。
加古川城
加古川城(かこがわじょう)は、播磨国印南郡加古川村、現在の兵庫県加古川市加古川町本町にあった日本の城(平城)。城跡は称名寺となっている。
感状山城
感状山城(かんじょうさんじょう)は、兵庫県相生市矢野町瓜生にあった日本の城。「赤松氏城跡」の一部として国の史跡に指定されている。
上月城
上月城(こうづきじょう)は、兵庫県佐用郡佐用町(旧上月町)にあった日本の城(山城)。
小堀城
小堀城(こぼりじょう)は、兵庫県小野市河合中町小字小堀にあった日本の城。河合城・堀井城と共に一体の城郭群を形成していたと考えられている。
佐用城
佐用城(さようじょう)は、兵庫県佐用郡佐用町にあった日本の城(平山城)。別名福原城(ふくはらじょう)。
下田中城
下田中城(しものたなかじょう)は、兵庫県三田市下田中周辺にあった日本の城(平城)、方形居館。曲輪跡等の遺構が残っていたようだが河川改修に伴い消滅し、正確な城郭については不明である。
新田城
新田城(しんでんじょう)は、兵庫県川西市新田3丁目付近にあった日本の城(平山城)。
善防山城
善防山城 (ぜんぼうさんじょう)は、室町時代に現在の兵庫県加西市三口町の善防山(標高251m)にあった日本の城(山城)。
富松城
富松城(とまつじょう)は、兵庫県尼崎市にあった日本の城。現在でも土塁、水堀の遺構が確認できる。
平野城
平野城(ひらのじょう)は、兵庫県神戸市東灘区の御影山手にあった日本の城。別名御影村城。
船上城
船上城(ふなげじょう)は、播磨国明石郡(兵庫県明石市新明町)にあった日本の城。明石川河口の西側、明石海峡に面した部分と明石川の湿地帯に築城された平城、水城である。
堀井城
堀井城(ほりいじょう)は、兵庫県小野市河合西町字構46にあった日本の城。城跡は、2020年(令和2年)4月1日に「堀井城跡ふれあい公園」として整備・公開されている。
満久城
満久城(まくじょう)は、現在の兵庫県加西市満久町、別所町、和泉町の三町境界に位置する蛤山(標高196m)にあった日本の城(山城)。
妙見山城
妙見山城(みょうけんさんじょう)は、現在の兵庫県加西市谷口町と福居町の境にある妙見山(標高153.3m)にあった日本の城(山城)。築城年代、築城者、縄張り等は不明。現在、山麓の居館跡に城主の娘の石碑がある。
利神城
利神城(りかんじょう)は、播磨国佐用郡平福(兵庫県佐用郡佐用町平福)にあった日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。平福は朝霧の名所であり、江戸時代初期には天守がありその姿が霧の上に浮かんだ偉容から雲突城とも呼ばれた。
宇陀松山城
宇陀松山城(うだまつやまじょう)は、大和国宇陀郡(現在の奈良県宇陀市)にあった日本の城。平成18年(2006年)に国の史跡に指定されている。旧名は阿紀山城/秋山城(あきやまじょう)や神楽岡の城(かぐらおかのしろ)ともいった。 城下町は重要伝統的建造物群保存地区に商家町として選定されており、現在も優美な町並みを残している。松山 (宇陀市)参照。
大平尾城
大平尾城(おびらおじょう)は、奈良県奈良市大平尾町にかつてあった古市氏の砦となった日本の城(山城)。
片岡城
片岡城(かたおかじょう)は、奈良県北葛城郡上牧町にあった日本の城。別名下牧城。
上庄北城
上庄北城(かみのしょうきたじょう)は、奈良県生駒郡平群町上庄にあった日本の城。
北田原城
北田原城(きたたはらじょう)は、奈良県生駒市北田原町(旧大和国添下郡)にあった日本の城(山城)。かつては田原城や田原塁と呼ばれたが、大阪府四條畷市の田原城(南西1.7キロメートルの地点に所在)と区別するため、2024年現在では北田原城と呼ばれている。
窪之庄城
窪之庄城(くぼのしょうじょう)は、奈良県奈良市にあった中世の日本の城(平城)。
辰市城
辰市城(たついちじょう)は、奈良県奈良市東九条町にあった日本の城(平城)。短期間で築城され、大和戦国時代の有数の戦いである辰市城の戦いの舞台となった城である。
多聞山城
多聞山城(たもんやまじょう)は、奈良県奈良市法蓮町の現・奈良市立若草中学校の敷地にあった松永久秀、松永久通、塙直政の居城となった日本の城(平山城)。多聞城とも呼ばれる。
筒井城
筒井城(つついじょう)は、奈良県大和郡山市筒井町にあった日本の城。室町時代、戦国時代を通じて大和国の政治史の中心的存在であった興福寺衆徒筒井氏の居城であった。
椿井城
椿井城(つばいじょう)は、奈良県生駒郡平群町椿井にあった日本の城(山城)。椿井山城とも呼ばれる。
鉢伏城
鉢伏城(はちぶせじょう)は、奈良県奈良市鉢伏町にかつてあった古市氏の居城となった日本の城(山城)。古市山ノ城とも呼ばれる。
福住中定城
福住中定城(ふくすみなかさだじょう)は、奈良県天理市福住町にあった日本の城(平山城、丘城)。
古市城
古市城(ふるいちじょう)は、奈良県奈良市古市町にあった中世の日本の城(平山城)。
万歳山城
万歳山城(まんざいやまじょう)は、奈良県葛城市(旧・大和国葛下郡)にあった日本の城(山城)。万歳城とも呼ばれるが、中世史料に現れる「万歳城」は4.3キロメートル東の万歳平城を指す。
峰ヶ城
峰ヶ城(みねがじょう)は、鹿児島県薩摩川内市高江町にあった日本の城。別名峰山城、高江城。
与論城
与論城(よろんじょう/よろんぐすく)は、南西諸島与論島の鹿児島県大島郡与論町大字立長にあった北山王国の城跡。国の史跡に指定されている。
三重城
三重城(みえぐすく、沖縄語:みーぐしく)は、沖縄県那覇市にある琉球のグスクである。那覇港の国場川北側の河口に位置している。
和歌山県の城
和歌山県の城(わかやまけんのしろ)は、和歌山県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
木本城
木本城(きもとじょう)は、紀伊国(現・和歌山県和歌山市木ノ本)にあった日本の城。
虎城山城
虎城山城(こじょうやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県東牟婁郡串本町古座)にあった日本の城。別名は古座浦城。
雑賀崎城
雑賀崎城(さいかざきじょう)は、和歌山県和歌山市雑賀崎にあったとされる日本の城。
雑賀城
雑賀城(さいかじょう)は、和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目付近にあった戦国時代の日本の城(丘城)。妙見山城とも呼ばれた。
猿岡山城
猿岡山城(さるおかやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県紀の川市粉河)にあった日本の城。別名、粉河城。
手取城
手取城(てどりじょう)は、紀伊国(和歌山県日高郡日高川町和佐)にあった日本の城(山城)。遺構としては石垣、堀の跡が残されている。 南北朝時代、日高郡東部に鶴ヶ城を築いて大和国から日高川の上流地域にかけてこの地を支配していた玉置大宣が、日高川下流の山崎城主川上則秋を攻め滅ぼしてのち、山崎城の東方の現、城山の山頂に当城を築く。以後、玉置氏の居城となる。 その後は亀山城の湯川氏とともに日高地方を二分する
長藪城
長藪城(ながやぶじょう)は、和歌山県橋本市城山台にあった日本の城。城山台住宅地北側の「城山」に位置する。
広保山城
広保山城(ひろほやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県有田郡湯浅町)にあった日本の城。
湯浅城
湯浅城(ゆあさじょう)は、紀伊国有田郡(和歌山県有田郡湯浅町青木)にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。
和佐山城
和佐山城(わさやまじょう)は、和歌山県和歌山市禰宜にあった日本の城。別名は城ヶ峯。
市場城
市場城(いちばじょう)は、鳥取県八頭郡八頭町市場(因幡国)にあった日本の城。別名私部城(きさいちじょう)。
今倉城
今倉城(いまくらじょう)は、鳥取県倉吉市福光にあった日本の城。別名島田城。
打吹城
打吹城(うつぶきじょう)は、鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山(標高204メートル)にあった日本の城。室町時代に伯耆国の守護・山名氏により守護所とされた。
江美城
江美城(えびじょう)は、鳥取県日野郡江府町にあった戦国時代の日本の城。江尾城、江尾要害とも記される。江府町指定史跡。
大崎城
大崎城(おおさきじょう)は、鳥取県鳥取市気高町奥沢見にあった日本の城。
景石城
景石城(かげいしじょう)は、鳥取県鳥取市用瀬町用瀬にあった日本の城。鳥取市指定史跡。
河口城
河口城(かわぐちじょう)は、鳥取県東伯郡湯梨浜町泊にあった日本の城。湯梨浜町指定史跡。JR山陰本線・泊駅のすぐそばの小山がそれである。
満願寺城
満願寺城(まんがんじじょう)は、島根県松江市西浜佐陀町にあった日本の城。
桐山城
桐山城(きりやまじょう)は、鳥取県岩美郡岩美町浦富にあった日本の城。浦富海岸の背後にそびえる標高203mの木山に築城された。但馬から因幡にかけての海岸線に多く存在する海賊城の一つで、但馬・因幡の海上交通路を扼する要衝だった。
小浪城
小浪城(こなみじょう)は、鳥取県米子市淀江町にあった南北朝時代の城館(日本の城)。鎌倉幕府方と後醍醐天皇方の争乱の舞台となった。
堤城
堤城(つつみじょう)は、鳥取県東伯郡北栄町にあった日本の城。島(現・北条島)集落内に所在したと伝えられ、付近に「堤城」「城の内」などの地名が残る。
布勢天神山城
布勢天神山城(ふせてんじんやまじょう)は、因幡国高草郡(現在の鳥取県鳥取市湖山町南、布勢)にあった日本の城(丘城)で、戦国期の因幡国守護所とされる。布勢は布施とも表記される。鳥取県指定史跡(史跡名は「天神山城跡」)。
二上山城
二上山城(ふたがみやまじょう)は、鳥取県岩美郡岩美町岩常にあった日本の城。南北朝時代から室町時代中期にかけての因幡国の守護所だった。鳥取県指定史跡。
不動ガ嶽城
不動ガ嶽城(ふどうがだけじょう)は、鳥取県日野郡日野町にあった日本の城。黒坂から滝山神社に向かう途中、左手の山上、岩壁が露出する場所が城跡である。
法勝寺城
法勝寺城(ほっしょうじじょう)は、鳥取県西伯郡南部町法勝寺にあった日本の城。
俣野の土居城
俣野の土居城(またののどいじょう)は、鳥取県日野郡江府町俣野にあった館(日本の城)。標高348m、比高30m程の丘の上に存在していた。
八橋城
八橋城(やばせじょう)は、鳥取県東伯郡琴浦町大字八橋にあった日本の城。琴浦町指定史跡。城跡はJR八橋駅のすぐ横にあり、線路によって二分される。大江城とも呼ばれる。
山崎城
山崎城(やまさきじょう)は、鳥取県鳥取市国府町山崎にあった日本の城。
島根県の城
島根県の城(しまねけんのしろ)は島根県内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
国府尾城
国府尾城(こうのじょう)は、隠岐国島後周吉郡国府尾城山(島根県隠岐郡隠岐の島町下西)にあった戦国時代の日本の城。別名甲尾城、甲ノ尾城。
佐世城
佐世城(させじょう)は、島根県雲南市大東町佐世にあった日本の城。戦国大名・尼子氏の家臣佐世氏の城。
新山城
新山城(しんやまじょう)、または真山城は、島根県松江市法吉町にあった日本の城。
大西城
大西城(だいさいじょう)は、島根県雲南市加茂町にあった日本の城。
津和野城
津和野城(つわのじょう)は、石見国鹿足郡津和野霊亀山(島根県鹿足郡津和野町後田)にあった日本の城。三本松城や蕗城といった異称がある。城跡は国の史跡に指定されている。
十神山城
十神山城(とかみやまじょう)は、島根県安来市新十神町にあった日本の城。
温湯城
温湯城(ぬくゆじょう)は、石見国邑智郡(島根県邑智郡川本町)にあった日本の城。石見小笠原氏の居城。
檜ヶ山城
檜ヶ山城(ひがせんじょう / ひのきがせんじょう)は、島根県出雲市多久町にあった日本の城。
平田城
平田城(ひらたじょう)は、島根県出雲市平田町にあった日本の城。
日和城
日和城(ひわじょう)は、現在の島根県邑智郡邑南町にあった日本の城。
二ツ山城
二ツ山城(ふたつやまじょう)は、島根県邑智郡邑南町鱒渕にあった日本の城。石見国の中では益田市の七尾城に次いで古い山城である。邑南町指定史跡。
三刀屋城
三刀屋城(みとやじょう)は、島根県雲南市三刀屋町にあった日本の城。1986年(昭和61年)、島根県の史跡に指定された。
山吹城
山吹城(やまぶきじょう)は、石見国(現:島根県大田市大森町)にあった日本の城(山城)。石見銀山防衛のため築城された。城跡は国の史跡「石見銀山遺跡」の範囲に含まれている。
丁城
丁城(よぼろじょう)は、島根県邑智郡美郷町都賀西にあった日本の城。 標高243メートル、比高160メートル。別名、要路城、用路城、養老城、都賀西城。
岡山県の城
岡山県の城(おかやまけんのしろ)は、岡山県内に残存する城砦遺構をとりまとめたものである。 岡山県は明治の廃藩置県以前は美作国、備前国、備中国の三ヶ国により形成され、中世、戦国時代には赤松氏、浦上氏、宇喜多氏、毛利氏や在地国人らにより多くの城が築かれた。特に美作地域は戦国期に毛利氏・尼子氏・宇喜多氏の争奪戦の舞台となったこともあり、規模の大きな城郭遺構が残されている。
乙子城
乙子城(おとごじょう)は、岡山県岡山市東区乙子にあった日本の城。宇喜多直家出世の城と伝えられる。
冠山城
冠山城(かんむりやまじょう)は、岡山県岡山市下足守にあった日本の城。 足守川東岸にある標高40mほどの独立丘陵上に位置し、丘陵全てを城郭に利用していたと考えられる。 現在、最上段に本丸跡があり、城地の名残をよくとどめている。 二の丸・三の丸跡は畑地となっている。 天正10年、羽柴秀吉の高松城攻めの前哨戦で攻められ、4月25日、宇喜多勢の攻撃により、守将林重真が自害して陥落した。
倉敷城
倉敷城(くらしきじょう)は、岡山県倉敷市本町(備中国窪屋郡倉敷村)にあった日本の城。倉敷山城(くらしきやまじょう)、小野城(おのじょう)、小野ヶ城(おのがじょう)とも呼ばれる。
小菅城
小菅城(こすげじょう)は、備中国荏原郷(岡山県井原市西江原町賀山)にあった日本の城。鎌倉時代に荏原那須氏(備中那須氏)が居城とした。
下津井城
下津井城(しもついじょう)は、岡山県倉敷市下津井にあった日本の城(平山城)。岡山県指定史跡。
撫川城
撫川城(なつかわじょう)は、岡山県岡山市北区撫川にあった江戸時代の日本の城。または徳川政権下の旗本の知行所・旗本陣屋。別名芝場城。県の指定史跡第1号である。江戸時代に、戦国時代以前の庭瀬城跡に旗本戸川家の知行所、撫川陣屋が置かれた。
庭瀬城
庭瀬城(にわせじょう)は、岡山県岡山市北区にあった日本の城。戦国時代に築城されたが、江戸時代初頭に廃城となり、同地の二之丸に庭瀬藩庁を設け、庭瀬陣屋(にわせじんや)となった。別名芝場城(しばのじょう)。現在でも庭瀬地区には堀が張り巡らされており、城下町の名残りが色濃く残っている。
保木城
保木城(ほぎじょう)は、岡山県岡山市東区(旧瀬戸町)瀬戸町保木にあった日本の城。 安芸国の矢野城も「保木城」の別名で呼ばれることがあり、区別のため旧国名を冠して備前保木城と呼ばれることもある。
本太城
本太城(もとぶとじょう)は、岡山県倉敷市児島本荘にあった戦国時代の日本の城。
物理城
物理城(もとろいじょう)は、岡山県岡山市東区瀬戸町坂根(備前国磐梨郡)にあった日本の城。別名城ヶ谷山城。
梁場山城
梁場山城(やなばやまじょう)は、備中国浅口郡(岡山県倉敷市)船穂町柳井原殿坂にあった日本の城(山城)。築城年数は不明である。
小梨城
小梨城(おなしじょう)は、広島県竹原市小梨町字北谷平にあった日本の城。
古城山城
古城山城(こじょうやまじょう)は、広島県三次市和知町にあった日本の城(山城)。国広山にある築城年代の異なる4つの城群の1つ。
五龍城
五龍城(ごりゅうじょう)は、広島県安芸高田市甲立にあった日本の城(山城)。広島県指定史跡。
志川滝山城
志川滝山城(しかわたきやまじょう)は、戦国時代に備後国(現在の広島県福山市)にあった日本の城(山城)。
多治比猿掛城
多治比猿掛城(たじひさるがけじょう)は、広島県安芸高田市にあった日本の城。「毛利氏城跡 多治比猿掛城跡 郡山城跡」として、吉田郡山城と共に国の史跡に指定されている。
常城
常城(つねじょう/つねき)は、備後国芦田郡にあった日本の古代山城。城跡の所在地は不明。 記録としては『続日本紀』元正天皇養老3年(719年)12月の条に「備後国安那郡の茨城、葦田郡の常城を停む」とあるのみで、正確な築城時期や位置は明らかとなっていない。
南天山城
南天山城(なんてんざんじょう)は、備後国三谿郡(広島県三次市吉舎町)にあった日本の城(山城)。吉舎の市街地と馬洗川を隔ててすぐ西のところに位置する、南天山に広がって残り、戦国時代のこの地方を代表する本格的なものである。
賀年城
賀年城(かねじょう)は、長門国阿武郡嘉年(山口県山口市阿東嘉年下)の勝山にあった日本の城(山城)。別名勝山城。
新高山城
新高山城(にいたかやまじょう)は、広島県三原市本郷町にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(173番)に選定された。
八条原城
八条原城(はちじょうばらじょう)は、東広島市志和町にあった江戸時代末期から明治時代初期にかけての日本の城。幕末の動乱に備えて築城されたものの、動乱の終息に伴い工事は中止された。
二ッ山城
二ッ山城(ふたつやまじょう)は、広島県三次市和知町字尾越(おごえ)及び庄原市山内(やまのうち)町字尾引(おびき)の二ッ山(標高382メートル)にあった日本の城。
府中出張城
府中出張城(ふちゅうではりじょう)は、安芸国府中(広島県安芸郡府中町)にあった日本の城。出張の名前は近世になって名付けられたもので、古文書等では府城・国府城・芸府城と記載されている。
御薗宇城
御薗宇城(みそのうじょう)は、安芸国高屋保(広島県東広島市高屋町高屋堀)にあった日本の城(山城)。史跡指定名称「平賀氏の遺跡」の1つとして、頭崎城・白山城と共に県の指定史跡。
東京都の城
東京都の城(とうきょうとのしろ)は東京都内にかつてあった城館をとりまとめたものである。
石浜城
石浜城(いしはまじょう)は、中世の武蔵国にあった日本の城。正確な所在地については意見が分かれているが、現在の東京都台東区浅草七丁目付近、あるいは荒川区南千住三丁目付近が候補地となっている。
大丸城
大丸城(おおまるじょう)は、東京都稲城市大丸にあった室町時代前半の日本の城。大丸遺跡(多摩ニュータウンNo.513遺跡)の一つ。
奥沢城
奥沢城(おくさわじょう)は、武蔵国荏原郡世田谷(現・東京都世田谷区奥沢)にあった日本の城。現在は九品仏浄真寺となっている。
小野路城
小野路城(おのじじょう)は、東京都町田市小野路町にあった日本の城。
勝沼城
勝沼城(かつぬまじょう)は、東京都青梅市にあった日本の城。別名は師岡城(もろおかじょう)。東京都指定史跡。
辛垣城
辛垣城(からかいじょう)は、東京都青梅市にあった日本の城。青梅市指定史跡。
川辺堀之内城
川辺堀之内城(かわべほりのうちじょう)は、東京都日野市川辺堀之内にあった日本の城。
渋谷城
渋谷城(しぶやじょう)は、東京都渋谷区にあった日本の城(平山城)。
志村城
志村城(しむらじょう)は、東京都板橋区志村2丁目にあった日本の城。
石神井城
石神井城(しゃくじいじょう)は、東京都練馬区石神井台にあった日本の城。東京都指定文化財史跡。
深大寺城
深大寺城(じんだいじじょう)は、東京都調布市深大寺元町にあった日本の城。国の史跡。所在地は深大寺元町5丁目31-10。神代植物公園の附属施設である「水生植物園」内。
世田谷城
世田谷城(せたがやじょう)は、武蔵国荏原郡世田谷(現:東京都世田谷区豪徳寺)にあった日本の城。
練馬城
練馬城(ねりまじょう)は、東京都練馬区向山にあった室町時代の日本の城。 跡地は遊園地としまえんを経て、都立練馬城址公園が2023年5月1日に設けられた。
平塚城
平塚城(ひらつかじょう)は、武蔵国豊嶋郡(東京都北区)にあった日本の城。別名は豊島城。
元木山城
元木山城(もときやまじょう)は、東京都町田市能ヶ谷にあった日本の城。
浦賀城
浦賀城(うらがじょう)は、神奈川県横須賀市東浦賀にあった戦国時代末期の日本の城(山城)。 城跡は浦賀港の入り口である叶神社(東叶神社)境内の明神山にあり、浦賀水道から房総半島が一望できる。
榎下城
榎下城(えのしたじょう)または久保城(くぼじょう)は、神奈川県横浜市緑区三保町にあった日本の城。上杉氏の城。現在は久保山舊城寺(旧城寺)の境内となっている。
岡津城
岡津城(おかづじょう)は、神奈川県横浜市泉区岡津町(相模国鎌倉郡)にあったとされる室町時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。
小丸城
小丸城(こまるじょう)は、福井県越前市にあった日本の城。城跡は県の史跡に指定されている。
河村城
河村城(かわむらじょう)は、神奈川県足柄上郡山北町にあった日本の城。
小沢古城
小沢古城(こさわこじょう)は、神奈川県愛甲郡愛川町角田にあった日本の城。
権現山城
権現山城(ごんげんやまじょう)は、神奈川県横浜市神奈川区幸ケ谷にあった日本の城。
佐原城
佐原城(さわらじょう)は、神奈川県横須賀市佐原3丁目にあった日本の城(山城)。相模国の豪族三浦氏一門、三浦義明の子、佐原義連の居城と伝わる。
津久井城
津久井城(つくいじょう)は、神奈川県相模原市緑区にあった日本の城。後北条氏の時には武田軍への最前線の城として重要視された。筑井城とも表記される。
七沢城
七沢城(ななさわじょう)、または七沢要害(ななさわようがい)は、神奈川県厚木市七沢にあった室町時代の日本の城。
早川城
早川城(はやかわじょう)は、神奈川県綾瀬市早川城山3丁目にあった日本の城。神奈川県指定史跡。
深見城
深見城(ふかみじょう)は、神奈川県大和市深見字城ヶ岡にあった日本の城。
枡形城
枡形城(ますがたじょう)は、神奈川県川崎市多摩区にあった日本の城。
五十公野城
五十公野城(いじみのじょう)は、新潟県新発田市五十公野(越後国蒲原郡)にあった日本の城。
小国沢城
小国沢城(おぐにさわじょう)は、新潟県長岡市小国町楢沢字菅沼ほかにあった日本の城(山城)。小松入城(こまついりじょう)・菅沼城(すがぬまじょう)ともいう。この山城単体を指して「小国城」(おぐにじょう)と呼ぶ事もあるが、行政上の遺跡(埋蔵文化財包蔵地)としては西麓の小国氏居館推定地が小国城と呼ばれている。なお、小国氏居館・小国沢城と、周囲の山城群をも一括して「小国城」とする意見がある。
柿崎城
柿崎城(かきざきじょう)は、新潟県上越市柿崎区にあった日本の城。 築城年は不明であるが、鎌倉時代時代に当地の地頭となった大見氏から派生した柿崎氏が築城したものと考えられている。 南北朝時代、柿崎氏は北朝に属するも南朝側の風間氏の攻撃により落城し、柿崎氏は城から追われた為に、この城は南朝側の拠点のひとつとなる。しかし、戦自体は最終的に北朝側の勝利に終わった為、柿崎氏が城主に復帰した。 戦国時代になる
加地城
加地城(かじじょう)は、新潟県新発田市東宮内にあった日本の城。
北条城
北条城(きたじょうじょう)は、新潟県柏崎市大字北条にあった日本の城。北条高広が長尾景虎(上杉謙信)に乱を起こす際に拠点としたことで知られる。1973年(昭和48年)12月1日付けで柏崎市指定史跡に指定。
木場城
木場城(きばじょう)は、新潟県新潟市西区木場にあった日本の城。
三条城
三条城(さんじょうじょう)は、新潟県三条市にあった日本の城。 長く信濃川沿いの須頃島(現在の三条市下須頃)に所在していたが、江戸時代初期に市橋氏が入封後に信濃川対岸(三条市古城町、後に同市元町)に新城が築かれて移転した。
栖吉城
栖吉城(すよしじょう)は、新潟県長岡市栖吉町にあった日本の城。 築城年ははっきりしないが、永正年間(1504年 - 1521年)に古志長尾氏の長尾孝景が築城し、蔵王堂城から古志長尾氏の本拠を移したとされる。 御館の乱では景勝の中心的な上田長尾氏(通称、上田衆)との対抗上、上杉景虎に与したが、居多浜の合戦に於いて城主上杉景信(通称、古志十郎)が討死。城も落城して古志長尾氏の本流は滅亡した。 乱後は上
栃尾城
栃尾城(とちおじょう)は、越後国古志郡栃尾(現在の新潟県長岡市栃尾地域)にあった城。別名舞鶴城、大野城。標高228mの鶴城山に築かれた戦国時代の典型的な山城である。新潟県指定史跡。
新津城
新津城(にいつじょう)は、新潟県新潟市秋葉区(旧新津市)にあった日本の城。
新穂城
新穂城(にいぼじょう)は、佐渡国賀茂郡新穂、のちの新潟県加茂郡下新穂村(現・新潟県佐渡市下新穂字郷内)にあった日本の城(平城)。1973年(昭和48年)3月29日、新潟県指定史跡に指定された。
根知城
根知城(ねちじょう)は、新潟県糸魚川市根知谷区にあった日本の城(複合型山城)。新潟県指定史跡。
平林城
平林城(ひらばやしじょう)は、新潟県村上市平林にあった日本の城。阿賀北地方の有力な領主であった色部氏の居城として知られる山城で、国の史跡に指定されている。
村上城
村上城(むらかみじょう)は、新潟県村上市にあった日本の城(平山城)。別名舞鶴城(まいづるじょう)、本庄城(ほんじょうじょう)。村上市街地東端にそびえる臥牛山(標高135メートル)の頂に築城され、歴代の村上藩主の居城であった。国の史跡に指定されている。
村松城
村松城(むらまつじょう)は、新潟県五泉市村松にあった日本の城。村松藩の藩庁が置かれた。
本与板城
本与板城(もとよいたじょう)は、新潟県長岡市与板町本与板にあった日本の城。県指定史跡。
とやま城郭カード
とやま城郭カード(とやまじょうかくカード)は、富山県砺波市が発行する富山県内94ヶ所の城郭・城跡と、県内ゆかりの武将6名をテーマとした計100種(2024年(令和6年)4月現在)のトレーディングカードである。対象城郭を撮影した写真を砺波市埋蔵文化財センター「しるし」に持ち込むことで入手出来る。
安楽寺城
安楽寺城(あんらくじじょう)は、富山県小矢部市安楽寺にあった日本の城。とやま城郭カードNo.86。
一乗寺城
一乗寺城(いちじょうじじょう)は、富山県小矢部市八講田にあった日本の城(山城)。小矢部市指定史跡。とやま城郭カードNo.45。
井波城
井波城(いなみじょう)は、富山県南砺市井波に在った日本の城。礪波城、瑞泉寺城ともいう。南砺市指定史跡。とやま城郭カードNo.48。
井口城
井口城(いのくちじょう)は、富山県南砺市池尻にあった日本の城(平城)。南砺市指定史跡。なお同県下新川郡朝日町大家庄にあった井口城も同じく井口氏の居城である。とやま城郭カードNo.89。
今石動城
今石動城(いまいするぎじょう)は、富山県小矢部市にあった日本の城。小矢部市指定史跡。とやま城郭カードNo.43。
上見城
上見城(うわみじょう)は、富山県南砺市上見にあった日本の城。南砺市指定史跡。とやま城郭カードNo.47。
太田本郷城
太田本郷城(おおたほんごうじょう)は、富山県富山市太田南町にあった日本の城。
下梨城
下梨城(しもなしじょう)は、富山県南砺市下梨にあった戦国時代の日本の城(山城)。藤井城とも。
塩田城
塩田城(しおだじょう)は、信濃国小県郡、現在の長野県上田市前山にあった日本の城。長野県指定史跡。
城端城
城端城(じょうはなじょう)は、富山県南砺市にあった日本の城。荒木館、城ヶ鼻城とも呼ばれる。
富崎城
富崎城(とみさきじょう)は、富山県富山市婦中町富崎にあった日本の城(山城)。1441年(嘉吉元年)に神保八郎左衛門が築いたという。戦国時代には「滝山城」と呼ばれていた。とやま城郭カードNo.21。
名畑城
名畑城(なばたじょう)は富山県小矢部市東蟹谷(ひがしかんだ)地区の名畑地内に在った日本の城(平城)。とやま城郭カードNo.87。
古国府城
古国府城(ふるこくふじょう)は、富山県高岡市伏木古国府に在った日本の城。如意城(にょいじょう)とも言う。とやま城郭カードNo.30。
増山城
増山城(ますやまじょう)は、富山県砺波市、かつての越中国砺波郡・射水郡・婦負郡の三郡境付近にあった日本の城(山城)。旧名、和田城。国の史跡。とやま城郭カードNo.38。続日本100名城。
穴水城
穴水城(あなみずじょう)は、能登国鳳至郡穴水村川島、現在の石川県鳳珠郡穴水町川島にあった日本の城。現在は町の史跡に指定され、穴水城址公園として整備されている。
小松城
小松城(こまつじょう)は、石川県小松市丸の内町にあった日本の城。 石川県小松市指定史跡。
石動山城
石動山城(せきどうさんじょう、いするぎやまじょう)は、能登国鹿島郡石動山(現・石川県鹿島郡中能登町石動山)にあった日本の城(山城)。七尾城の南、能越国境の荒山城の東に位置した。なお、石動山は国の史跡に指定されている。
大聖寺城
大聖寺城(だいしょうじじょう)は、加賀国江沼郡大聖寺(現・石川県加賀市大聖寺錦町)に南北朝時代から江戸時代初期まで存在した日本の城(平山城)。別名は錦城。加賀国の南端、加越国境の大聖寺川付近に位置する。城跡は錦城山公園となっており、国の史跡に指定されている。
津幡城
津幡城(つばたじょう)は、加賀国加賀郡(のち河北郡)津幡(現・石川県河北郡津幡町清水)にあった日本の城(平城)。昔から交通の要衝であった。現在は石標のみが立てられている。
天堂城
天堂城(てんどうじょう)は、石川県輪島市別所谷町にあった日本の城。輪島市の史跡に指定されている。
鳥越城
鳥越城(とりごえじょう)は、石川県白山市三坂町(旧石川郡鳥越村)にあった日本の城(山城)。大日川を挟んだ対岸に位置する二曲城(ふとげじょう)とともに国の史跡に指定されている。史跡指定名称は「鳥越城跡 附(つけたり) 二曲城跡」。
日谷城
日谷城(ひのやじょう)は、石川県加賀市にあった日本の城(山城)。日屋城、檜屋城、檜ノ屋城などとも書かれる。 直下川と日谷川の合流点の東にある標高118mの丘陵に位置し、北西約4kmの所にある大聖寺城の支城として運用された。約10個の郭が堀や土塁などで囲まれ、主郭は一辺40m程であった。また、北側の尾根にも小郭群があったという。
松任城
松任城(まっとうじょう)は、加賀国石川郡松任(現・石川県白山市(旧松任市)古城町)にあった日本の城。能美郡との境になる手取川の北、尾山御坊(金沢城)と川南の小松城の中間付近に位置する。
松波城
松波城(まつなみじょう)は、能登国珠洲郡松波(現・石川県鳳珠郡能登町)にあった日本の城。
足羽七城
足羽七城(あすわななじょう)とは、南北朝時代に北朝方の越前守護・斯波高経が、南朝方との抗争の中で福井県福井市の九頭竜川・足羽川流域に構築した城塞群の総称。単に足羽城と呼ばれる場合もある。
越前府中城
越前府中城(えちぜんふちゅうじょう)は、現在の福井県越前市にあたる越前国南仲条郡(後の南条郡)にあった日本の城。別名越府城(えつふじょう)。
国吉城
国吉城(くによしじょう)は、若狭国三方郡佐柿村(現・福井県三方郡美浜町佐柿)にあった日本の城(山城)。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる。
玄蕃尾城
玄蕃尾城(げんばおじょう)は、福井県敦賀市刀根と滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬の県境にあった日本の城(山城)。内中尾山の山頂にあり内中尾山城ともいう。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いにおいて、柴田勝家の本陣が置かれた。平成11年(1999年)7月13日に「玄藩尾城(内中尾山城)跡」として国の史跡に指定されている。また2017年(平成29年)4月6日、「続日本100名城」(140番)に選定された。
杣山城
杣山城(そまやまじょう)は、福井県南条郡南越前町大字瓜生にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
敦賀城
敦賀城(つるがじょう)は、越前国敦賀郡天筒山(現・福井県敦賀市天筒町)にあった日本の城。
疋壇城
疋壇城(ひきだじょう)は、福井県敦賀市疋田にあった日本の城(山城)。越前の戦国大名であった朝倉氏の近江・越前国境守備の役割を担っていた。別名・塩山城(えんざんじょう)。また疋田城と表記されることもある。1954年(昭和29年)12月3日付けで福井県の史跡に指定されている。
福井城
福井城(ふくいじょう)は、現在の福井県福井市大手にあたる越前国足羽郡北ノ庄(改め福居)のち福井にあった城。本丸の石垣と堀が残るが、二の丸、三の丸はほぼ消滅して市街地化している。形式は平城。本丸と二の丸の縄張りは徳川家康によるものとされる。江戸時代には福井藩主越前松平家の居城、城下町として栄える。
槇山城
槇山城(まきやまじょう)は、福井県福井市小路町・安原町・栃泉町にあった日本の城。別名東郷城(とうごうじょう)・東郷槇山城(とうごうまきやまじょう)。福井市指定史跡。
三国湊城
三国湊城(みくにみなとじょう)は、越前国三国湊、現在の福井県坂井市三国町にあった日本の城。湊ノ城、千手寺城とも呼ばれる。
城坂城
城坂城(じょうざかじょう/じょうのさかじょう)は、長野県下水内郡栄村にあった日本の城。
岩殿山城
岩殿山城(いわどのやまじょう)は、山梨県大月市賑岡町にあった日本の城。標高634メートルの岩殿山に築かれた山城。 甲斐国都留郡の国衆小山田氏の居城とされ、戦国時代には東国の城郭の中でも屈指の堅固さを持っていたことで知られた。山梨県指定史跡(指定名称は「岩殿城跡」)。
上野原城
上野原城(うえのはらじょう)は、甲斐国(現在の山梨県上野原市上野原)にあった日本の城。
能見城
能見城(のうけんじょう)は、甲斐国巨摩郡穴山(現在の山梨県韮崎市穴山町)にあった日本の城。
御坂城
御坂城(みさかじょう)は、山梨県笛吹市と南都留郡富士河口湖町の境にあった日本の城。笛吹市側は市指定史跡に、富士河口湖町側は町指定史跡に、それぞれ指定されている。
谷戸城
谷戸城(やとじょう)は、山梨県北杜市大泉町谷戸にあった日本の城(城郭)。形式は山城。谷戸城跡の名称で国の史跡に指定されている。
谷村城
谷村城(やむらじょう)は、山梨県都留市上谷一丁目にあった日本の城(城郭)。甲斐国東部の郡内地方を領した国衆である小山田氏の居館または近世の大名居館。谷村館。
仙当城
仙当城(せっとじょう/せんどうじょう)は、長野県下水内郡栄村にあった日本の城。栄村指定史跡に指定されている。
入山城
入山城(いりやまじょう)、または新山城(あらやまじょう)は、長野県千曲市にある日本の城跡。千曲市指定史跡に指定されている。
上ノ平城
上ノ平城(うえのたいらじょう)は、信濃国伊那郡(現在の長野県上伊那郡箕輪町東箕輪)にあった日本の城。長野県指定史跡。
上原城
上原城(うえはらじょう)は、信濃国諏訪郡(長野県茅野市茅野上原)にあった中世の日本の城(山城)。支城の桑原城と併せて長野県指定史跡「諏訪氏城跡」に指定。
内山城
内山城(うちやまじょう)は、長野県佐久市内山にあった日本の城(山城)。
大井城
大井城(おおいじょう)は、長野県佐久市岩村田にあった日本の城。長野県指定史跡。信濃守護代も務めた大井氏の居城。別名は岩村田館。
刈谷原城
刈谷原城(かりやはらじょう)、または鷹巣根城(たかすねじょう)は、長野県松本市刈谷原町にあった日本の城(山城)。
小岩嶽城
小岩嶽城(こいわたけじょう)は、信濃国安曇郡(のち南安曇郡)小岩嶽、現在の長野県安曇野市にあった日本の城。安曇野市指定史跡。
佐野山城
佐野山城(さのやまじょう)、または佐野城(さのじょう)は、長野県千曲市桑原の佐野地籍にあった山城である。桑原氏の築城と伝承されている。
名子城
名子城(なごじょう)は、長野県下伊那郡松川町元大島名子にあった日本の城。松川町指定史跡。
埴原城
埴原城(はいばらじょう)は、長野県松本市にあった日本の城。県指定史跡「小笠原氏城跡」を構成する山城群(埴原城跡、山家城跡、桐原城跡、林小城跡)の一つ。
光城
光城(ひかるじょう)は、長野県安曇野市豊科光にあった日本の城。安曇野市指定史跡。別名は二場城、または光大城。標高は911.7メートル。
妙義山城
妙義山城(みょうぎさんじょう)は、長野県塩尻市洗馬にあった日本の城。標高は890メートル。長野県指定史跡。
室賀城
室賀城(むろがじょう)は、長野県上田市にあった日本の城。武田氏に仕えた室賀氏の本拠で、笹洞城、原畑城を総称した呼び方。別名笹洞城、原畑城。
望月城
望月城(もちづきじょう)は、長野県佐久市にあった日本の城(山城)。
矢筒城
矢筒城(やづつじょう)は、長野県飯綱町にあった日本の城(山城)。
鷲尾城
鷲尾城(わしおじょう)は、信濃国埴科郡(長野県千曲市)にあった日本の城(山城)。
割ヶ嶽城
割ヶ嶽城(わりがたけじょう)は、長野県上水内郡信濃町大字富濃の「城山」に築かれた中世から戦国時代の日本の城(山城)。築城者や築城年代といった詳細は不明。
伊木山城
伊木山城(いぎやまじょう)は、岐阜県各務原市小伊木4丁目にあった戦国・安土桃山時代の日本の城(山城)。伊木山の山頂にある。
千旦林城
千旦林城(せんたんばやしじょう)は、岐阜県中津川市千旦林にあった砦(日本の城)。
今尾城
今尾城(いまおじょう)は、岐阜県海津市にあった中世の日本の城(平城)。揖斐川左岸に位置する。遺構はほとんど残っておらず、敷地の一部は海津市立今尾小学校になっている。
小島城
小島城(おじまじょう)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合にあった日本の城(山城)。
小里城
小里城(おりじょう)は、岐阜県瑞浪市にあった日本の城(山城)。
加賀野井城
加賀野井城(かがのいじょう)は、岐阜県羽島市にあった日本の城。加賀井城とも書かれる。加賀井氏の居城として使われ、現在はわずかに城跡が残されているのみだが、県の史跡に指定されている。地元の伝承では城の井戸が木曽川の中ほどにあるといい、1586年(天正14年)の洪水や1608年(慶長13年)の御囲堤築造に伴う治水工事で城郭・城地の大半を失ったと推定されている。
加治田城
加治田城(かじたじょう)は、戦国時代の美濃国加茂郡(岐阜県加茂郡富加町加治田)にあった日本の城。本名却敵城(きゃくてきじょう)。別名・加治田山城。山の名前としては加治田山や古城山、あるいは白華山と呼ばれた。現在は山全体を梨割山という。
加納城
加納城(かのうじょう)は、岐阜県岐阜市加納丸の内にあった日本の城。
上茜部城
上茜部城(かみあかなべじょう)は、岐阜市茜部本郷2丁目にあった戦国時代の日本の城。別名茜部城。
北方城
北方城(きたがたじょう)は、岐阜県本巣郡北方町(美濃国席田郡)にあった戦国時代の日本の城(平城)。岐阜県指定史跡。現在の大井神社南東一帯に所在した。
久々利城
久々利城(くくりじょう)は、岐阜県可児市にあった日本の城(山城)。
串原城
串原城(くしはらじょう)は、岐阜県恵那市串原にあった日本の城。
小鷹利城
小鷹利城(こたかりじょう)は、岐阜県飛騨市河合町稲越にあった中世の日本の城(山城)。別名・小鷹狩城。姉小路家向氏が築城した。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。持城に向小島城がある。
小寺城
小寺城(こでらじょう)は、美濃国池田郡小寺(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。池田山城とも呼ばれる。稲葉塩塵(いなば えんじん)が築き、稲葉氏三代の居城であった。
三仏寺城
三仏寺城(さんぶつじじょう)は、岐阜県高山市三福寺町にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
十九条城
十九条城(じゅうくじょうじょう)は、現在の岐阜県瑞穂市にあった戦国時代の日本の城(平城)。
十七条城
十七条城(じゅうしちじょうじょう)は、岐阜県瑞穂市にあった日本の城(平山城)。瑞穂市指定史跡。西浦の城山と呼ばれる低い丘にあった。
信田ノ丸城
信田ノ丸城(しだのまるじょう)は、山口県宇部市奥万倉(おくまぐら)城南にあった戦国時代の日本の城(山城)。宇部市指定史跡。
霜降城
霜降城(しもふりじょう)は、山口県宇部市の中央に位置する霜降山にあった南北朝時代頃の日本の城(山城)。山口県の県指定文化財・史跡である。
太郎ヶ城
太郎ヶ城(たろうがじょう)は、美濃国池田郡本郷(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。
妻木城
妻木城(つまぎじょう)は、岐阜県土岐市妻木町上郷にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
土田城
土田城(どたじょう)は、岐阜県可児市土田にあった日本の城(山城)。
一柳城
一柳城(ひとつやなぎじょう)、または大洞城(おおぼらじょう)は、岐阜県関市(美濃国武儀郡富之保一柳)にあった日本の城(山城)。津保城(つぼじょう)とも言う。
伏屋城
伏屋城(ふせやじょう)は、岐阜県羽島郡岐南町伏屋3丁目にあった日本の城。別名一夜城、太閤城。
本郷城
本郷城(ほんごうじょう)は、美濃国池田郡本郷(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。
増島城
増島城(ますしまじょう)は、岐阜県飛騨市古川町片原町にあった日本の城。北飛騨唯一の平城。古川国府盆地の中央、荒城川沿いに位置する。岐阜県指定史跡。
松尾山城
松尾山城(まつおやまじょう)は、岐阜県不破郡関ケ原町松尾の松尾山山頂に築かれた戦国時代の日本の城(山城)。関ケ原の戦いにおいて小早川秀秋が陣を敷いたことでも知られる。関ケ原町指定史跡。
三井城
三井山城(みいやまじょう)は、岐阜県各務原市三井山町にあった室町・戦国時代の日本の城。別名三井城。標高108.8mの三井山の山頂にある。
向小島城
向小島城(むかいこじまじょう)は、岐阜県飛騨市にあった日本の城(山城)。別名信包城。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。姉小路家向氏の本城。
無動寺城
無動寺城(むどうじじょう)は、岐阜県羽島郡笠松町無動寺にあった戦国時代の日本の城。城主は土岐氏の土岐八郎頼香。別名光得寺砦。
八神城
八神城(やかみじょう)は、岐阜県羽島市桑原町八神にあった日本の城。岐阜県指定史跡。
柳津城
柳津城(やないづじょう)は、岐阜県岐阜市柳津町本郷2丁目(旧羽島郡柳津町)にあった戦国時代の日本の城。
安倍城
安倍城(あべじょう)は、静岡県静岡市葵区内牧・羽鳥にあった日本の城。
井伊谷城
井伊谷城(いいのやじょう)は、遠江国の井伊谷(静岡県浜松市浜名区引佐町)にあった日本の城。浜松市指定史跡。
方ノ上城
方ノ上城(かたのかみじょう)は、静岡県焼津市策牛・方ノ上にあった日本の城(山城)。戦国時代に起きた今川氏のお家騒動である花倉の乱の舞台となった。
勝間田城
勝間田城(かつまたじょう)は、静岡県牧之原市勝田にあった日本の城。静岡県指定史跡。
上山田付城
上山田付城(かみやまだつけじろ)は、伊豆国田方郡韮山(静岡県伊豆の国市韮山金谷)にあった戦国時代の日本の城(山城)。
久能城
久能城(くのうじょう)または久能山城(くのうざんじょう)は、静岡県静岡市駿河区根古屋(ねごや)にあった日本の城。現在は久能山東照宮となっている。
倉真城
倉真城(くらみじょう)は、静岡県掛川市倉真字里在家(さとざいけ)にあった戦国時代の日本の城跡。現在、同市倉真2854番に位置する曹洞宗寺院・華嶽山世楽院境内を中心とする丘陵が城跡とされている。最後の城主は松浦兵庫頭。
光明城
光明城(こうみょうじょう)は、遠江国にあった戦国時代の日本の城(山城)。
徳願寺山城
徳願寺山城(とくがんじやまじょう)は、静岡県静岡市駿河区丸子・向敷地にある徳願寺山にあった日本の城(山城)。同城についての伝承や史料はほとんど無く、城主や年代などに不明な点が多い。
堀江城
堀江城(ほりえじょう)は、遠江国敷知郡(現在の静岡県浜松市中央区舘山寺町)にあった日本の城。江戸時代には堀江陣屋(ほりえじんや)と称されて高家旗本大沢家の陣屋となった。
堀川城
堀川城(ほりかわじょう)は、静岡県浜松市浜名区細江町気賀(遠江国引佐郡)にあった日本の城。奥浜名湖(細江湖)北岸に位置し、都田川河口の南側、満潮時には道が塞がる干潟の中にあったとされる。600メートルほど北に当時の主要街道である本坂通(姫街道)が通る。城跡は推定地とされ、都田川の流れも変わり河口の北側、田園のなかに首塚のみ残る。
三岳城
三岳城(みたけじょう)、または三嶽城は、静岡県浜松市浜名区引佐町三岳にあった日本の城跡(山城)。標高467メートルの三岳山の山頂にあり、井伊氏の戦時における本城であった。城跡は1944年(昭和19年)3月7日に国の史跡に指定されている。
宮島城
宮島城(みやじまじょう)、または宮島の城山(みやじまのしろやま)は、静岡県藤枝市岡部町宮島にあった中世の日本の城(山城)。
北外山城
北外山城(きたとやまじょう)は、愛知県小牧市にあった日本の城(平城)。
儀長城
儀長城(ぎちょうじょう)は、愛知県稲沢市にあった日本の城(平城)。
九之坪城
九之坪城(くのつぼじょう)は、愛知県北名古屋市にあった日本の城(平城)。
山中城
山中城(やまなかじょう)は、静岡県三島市山中新田(伊豆国田方郡山中)にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。
伊奈城
伊奈城(いなじょう)は、愛知県豊川市伊奈町にあった日本の城。豊川市指定史跡。
入尾城
入尾城(いりおじょう)は、愛知県瀬戸市にあった日本の城(平城)。
大赤見城
大赤見城(おおあかみじょう)は、愛知県一宮市にあった日本の城(平城)。
大留城
大留城 (おおどめじょう) は、愛知県春日井市にあった室町時代の平城。
大給城
大給城(おぎゅうじょう)は、愛知県豊田市大内町にあった日本の城(山城)。2000年(平成12年)2月4日付で「松平氏遺跡」の1つとして国の史跡に指定されている。
下津城
下津城(おりづじょう)は、尾張国中島郡下津(現愛知県稲沢市下津高戸町)にあった日本の城(平城)。「下津城址」の碑がある。一部土塁も残る。
上末城
上末城(かみずえじょう)は、愛知県小牧市上末(かみすえ)地区にあった日本の城。
上ノ郷城
上ノ郷城(かみのごうじょう)は、愛知県蒲郡市神ノ郷町にあった日本の城。別名は西之郡之城・宇土城・鵜殿城・神ノ郷城。1957年(昭和32年)1月10日に蒲郡市指定史跡に指定されている。
上菱野城
上菱野城(かみひしのじょう)、または山口城(やまぐちじょう)は、愛知県瀬戸市矢形町にあった日本の城(平城)。屋形の城(やかたのしろ)とも呼ばれる。
北島城
北島城(きたじまじょう)は、愛知県稲沢市にあった日本の城(平城)。
下大留城
下大留城(しもおおどめじょう)は、愛知県春日井市にあった日本の城(平城)。
下奈良城
下奈良城(しもならじょう)は、愛知県一宮市春明南本郷1丁目にあった日本の城(平城)。
勝幡城
勝幡城(しょばたじょう)は、愛知県愛西市勝幡町と稲沢市平和町にかけて(尾張国の海東郡と中島郡に跨る地域に)あった日本の城。近年の通説では織田信長の生誕地と考えられている。
寺部城
寺部城(てらべじょう)は、愛知県豊田市寺部町にあった日本の城(平城)。2008年(平成20年)6月2日付けで豊田市指定史跡。
東条城
東条城(とうじょうじょう)は、三河国幡豆郡横須賀村東条(現・愛知県西尾市吉良町駮馬字城山)にあった、中世の日本の城(平山城)。東条吉良氏・東条松平氏の居城。桜が植えられており、花見スポットになっている。
二連木城
二連木城(にれんぎじょう)は、愛知県豊橋市仁連木町(三河国渥美郡北端)の朝倉川南岸にあった戦国時代の日本の城。「楡(にれ)の木」から名が付いたと言われ、仁連木城とも書く。
油川城
油川城(あぶらかわじょう)は、青森県青森市大字西田沢字浜田・字山辺(旧陸奥国)にあった日本の城。
新屋城
新屋城(あらやじょう)は、青森県平川市新屋にあった日本の城(平山城)。
北海道の城
北海道の城(ほっかいどうのしろ)は北海道内および千島列島などにかつてあった城館をとりまとめたものである。
館城
館城(たてじょう)は、明治元年(1868年)、箱館戦争の直前に松前藩により渡島国檜山郡の館(現在の厚沢部町)に建造された日本の城。従来の本拠である松前城に対し、新城とも言う。完成直後に旧幕府軍の攻撃を受け、落城した。国の史跡に指定されている。
沖館城
沖館城(おきだてじょう)は、青森県平川市沖館宮崎にあった日本の城(平山城)。
尾崎城
尾崎城(おさきじょう)は、青森県平川市尾崎にあった日本の城(平山城)。
櫛引城
櫛引城(くしびきじょう)は、青森県八戸市にあった日本の城。
七戸城
七戸城(しちのへじょう)は、青森県上北郡七戸町にあった日本の城。別名柏葉城。国の史跡。中世から近世にかけての平山城で、七戸川支流の作田川左岸に位置し、標高40メートルの丘陵に置かれた。
大光寺城
大光寺城(だいこうじじょう)は、青森県平川市大光寺にあった日本の城(平城)。
新井田城
新井田城(にいだじょう)は、青森県八戸市新井田にあった日本の城。別名・新田城(にいだじょう)。
八戸城
八戸城(はちのへじょう)は、青森県八戸市にあった日本の城(平山城)。
原子城
原子城(はらこじ)ょう)は、青森県五所川原市大字原子字山元にあった日本の城(平山城)。
洞内城
洞内城(ほらないじょう)は、青森県十和田市洞内にあった日本の城。
堀越城
堀越城(ほりこしじょう)は、青森県弘前市堀越字川合・柏田にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
横内城
横内城(よこうちじょう)は、青森県青森市横内字亀井にあった日本の城。現在は跡地に常福院が建てられている。別名鏡城・堤城とも言われる。
岩手県の城
岩手県の城(いわてけんのしろ)は、岩手県内に存在する、またはかつて存在した城館をとりまとめたもの。
姉帯城
姉帯城(あねたいじょう)は、岩手県二戸郡一戸町姉帯字館にあった日本の城。一戸町指定史跡。
一戸城
一戸城(いちのへじょう)は、岩手県二戸郡一戸町にあった日本の城。
大槌城
大槌城(おおつちじょう)は、岩手県上閉伊郡大槌町大槌城山にあった日本の城(山城)。室町時代に大槌次郎が築城して以後、代々大槌氏の居城と伝わる。別名は浜崎館、または古館。岩手県指定史跡。
大迫城
大迫城(おおはさまじょう)は、岩手県花巻市大迫町内川目第48地割にあった日本の城。
久慈城
久慈城(くじじょう)は、岩手県久慈市にあった日本の城。別称、新町館・八日館。岩手県指定史跡。
厨川城
厨川城(くりやがわじょう)は、岩手県盛岡市安倍館町(陸奥国岩手郡厨川村字館)にあった日本の城。別名栗谷川城(くりやがわじょう)。遺跡(埋蔵文化財包蔵地)名では「安倍館遺跡(あべたていせき)」と呼ばれる。平泉滅亡から盛岡開府までのおよそ400年間、盛岡地域の行政拠点となった城館である。
小軽米城
小軽米城(こがるまいじょう)は、岩手県九戸郡軽米町小軽米第10地割(陸奥国糠部郡古軽米村)にあった日本の城。
十八ヶ城
十八ヶ城(さかりがじょう)は、岩手県花巻市宮ノ目字本館にあった日本の城。別称本館。
幸岡城
幸岡城(こうかじょう)は、栃木県矢板市大字幸岡にあったとされる日本の城。13世紀中頃の築城と伝わる。15世紀前半頃廃城。幸賀城とも書く。
世田米城
世田米城(せたまいじょう)は、 岩手県気仙郡住田町世田米字火石61番地1ほかにあった戦国時代の日本の城。
千徳城
千徳城(せんとくじょう)は、岩手県宮古市千徳町にあった日本の城。一戸千徳氏の居城として知られる。
平館城
平館城(たいらだてじょう)は、岩手県八幡平市平舘にあった日本の城。
寺林城
寺林城(てらばやしじょう)は、岩手県花巻市中寺林にあった日本の城。
徳丹城
徳丹城(とくたんじょう/とくたんのき)は、現在の岩手県紫波郡矢巾町徳田にあった日本の古代城柵。1969年(昭和44年)8月5日に国の史跡に指定されている。
二子城
二子城(ふたごじょう)は、 岩手県北上市にあった日本の城。領主・和賀氏一族の居城。別名・飛勢城(とばせじょう)。
伊治城
伊治城(いじじょう/これはりじょう/これはるじょう)は、宮城県栗原市にあった城柵。城跡は2003年(平成15年)8月27日に国の史跡に指定され、2005年(平成17年)7月14日に追加指定された。
石巻城
石巻城(いしのまきじょう、または日和山城)は宮城県石巻市の日和山にあった中世の城である。
岩切城
岩切城(いわきりじょう)は、宮城県仙台市宮城野区岩切にあった峻険な日本の城(山城)。高森山にあることから、別名を高森城(たかもりじょう)という。周辺は高森山公園として整備されている。
岩出山城
岩出山城(いわでやまじょう)は、陸奥国(のち陸前国)玉造郡(現・宮城県大崎市)にあった日本の城(一国一城令ののち要害)。伊達氏以前は「岩手沢城」と呼ばれており、古くは足利氏一門で奥州探題であった大崎氏の家臣氏家氏の居城であった。
代山城
代山城(だいやまじょう)は、埼玉県さいたま市緑区代山にあった日本の城。
大衡城
大衡城(おおひらじょう)は、宮城県黒川郡大衡村塩浪にあった日本の城(平山城)。別名越路舘。城跡は大衡城跡公園として整備されている。
沖野城
沖野城(おきのじょう)は、宮城県仙台市(陸奥国名取郡)若林区沖野7丁目にあった中世の日本の城。不明の点が多いが、16世紀末に廃止された。東西約400メートル、南北約300メートルの範囲で、二重の土塁と二重の水濠を巡らせていた。
坂元城
坂元城(さかもとじょう)、または蓑首城(みのくびじょう)は、宮城県亘理郡山元町(陸奥国亘理郡)にあった城。町指定史跡。
佐沼城
佐沼城(さぬまじょう)は、宮城県登米市迫町佐沼字内町にあった日本の城。別名・鹿ヶ城。江戸時代は伊達氏の支配下の元佐沼要害と称した。登米市指定史跡。
津久毛橋城
津久毛橋城(つくもはしじょう)または津久裳橋城は、宮城県栗原市(陸奥国栗原郡)金成津久毛にあった南北朝時代の日本の城。1341年(北朝:暦応4年/南朝:興国2年)に南朝方の北畠顕信が築いた。
寺池城
寺池城(てらいけじょう)は、宮城県登米市登米町寺池にあった日本の城。「寺池館」とも呼ぶ場合もあり、通称「臥牛城」。江戸時代は伊達氏の支配下の元「登米要害」と称した。
師戸城
師戸城(もろとじょう)は、千葉県印西市師戸にあった日本の城。
松森城
松森城(まつもりじょう)は、宮城県仙台市泉区松森にあった日本の城(山城)。本丸と二の丸の位置が鶴翼の陣形に似ていることから別名、鶴ヶ城(つるがじょう)とも言う。国分盛顕が移り住み、国分盛重が出奔した後は伊達家の所領となり、毎年、仙台藩の野初の舞台となった。 現在では一部が鶴ヶ城公園として整備されている。
桃生城
桃生城(ものうじょう)は、古代の朝廷が陸奥国桃生郡(現・宮城県石巻市)に築いた城柵。
利府城
利府城(りふじょう)は、宮城県宮城郡利府町にあった日本の城。
涌谷城
涌谷城(わくやじょう)は、宮城県遠田郡涌谷町にあった日本の城(平山城)。別名涌谷要害。
亘理城
亘理城(わたりじょう)は、陸奥国亘理郡(宮城県亘理郡亘理町)にあった日本の城。地形が牛の臥せた形に似ていることから臥牛城ともいわれる。また、江戸時代は亘理要害と呼ばれた。
稲庭城
稲庭城(いなにわじょう)は、秋田県湯沢市(出羽国)にあった日本の城(山城)。 別名:早坂館、鶴ヶ城、舞鶴城。
浦城
浦城(うらじょう)は、秋田県南秋田郡八郎潟町にあった日本の城。
大館城
大館城(おおだてじょう)は、秋田県大館市にあった日本の城。桂城(かつらじょう)とも呼ばれる。城跡は桂城公園(けいじょうこうえん)として整備されている。
雄勝城
雄勝城(おかちじょう/おかちのき)は、出羽国雄勝郡(現在の秋田県雄物川流域地方)にあった日本の古代城柵。『続日本紀』によれば藤原朝狩(公卿藤原仲麻呂の四男)によって天平宝字3年(759年)に築造された。
十狐城
十狐城(とっこじょう)は、秋田県大館市(出羽国)にあった日本の城(平山城)。 別名:独鈷城。
本荘城
本荘城(ほんじょうじょう)は、秋田県由利本荘市にあった日本の城(平山城)。江戸時代には本荘藩の藩庁が置かれた。別名鶴舞城・尾崎城とも。
本堂城
本堂城(ほんどうじょう)は、秋田県仙北郡美郷町にあった中世日本の城。城跡は県指定史跡となっている。
湊城
湊城(みなとじょう)は、秋田県秋田市(出羽国秋田郡土崎湊)にあった日本の城(平城)。
紫島城
紫島城(むらさきしまじょう)は、秋田県大仙市長野(旧、中仙町)にあった日本の城(平山城)。
湯沢城
湯沢城(ゆざわじょう)は、秋田県湯沢市(出羽国雄勝郡)の古館山(湯沢中央公園)にあった日本の城。湯沢市指定史跡。
長谷堂城
長谷堂城(はせどうじょう)は、出羽国(羽前国)最上郡(山形県山形市長谷堂)にあった中世の日本の城(山城)。山の形から「亀ヶ城」とも呼ばれていた。
喜連川城
大蔵ヶ崎城(おおくらがさきじょう)または喜連川城(きつれがわじょう)は、栃木県さくら市喜連川にあった日本の城。蔵ヶ崎城(倉ヶ崎城)とも。
脇本城
脇本城(わきもとじょう)は、秋田県男鹿市脇本脇本にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。中世に安東氏の居城となった。
左沢楯山城
左沢楯山城(あてらざわたてやまじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘左沢(山形県西村山郡大江町)にあった日本の城。城跡は国の史跡である。
小国山城
小国山城(おぐにやまじょう/おぐにやまじろ)は、山形県西置賜郡(出羽国置賜郡)小国町小国小坂町地内にあった日本の城(山城)。
上山城
上山城(かみのやまじょう)は、山形県上山市にあった日本の城。別名月岡城。 戦国時代は最上氏の最南端の城塞であり、米沢の伊達氏や上杉氏との攻防の舞台となった。江戸時代は上山藩の藩庁が置かれた。城跡は上山市指定史跡。
寒河江城
寒河江城(さがえじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘(山形県寒河江市)にあった日本の城。
白岩城
白岩城(しらいわじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘白岩(山形県寒河江市白岩)にあった日本の城。
高楯城
高楯城(たかだてじょう)は、山形県上山市の虚空蔵王にあった日本の城(山城)。別名亀ヶ岡城。
楯岡城
楯岡城(たておかじょう)は、山形県村山市楯岡楯にあった日本の城(中世の山城跡)。
天童城
天童城(てんどうじょう)は、山形県天童市天童にあった日本の城(山城)。
長瀞城
長瀞城(ながとろじょう)は、山形県東根市長瀞地区にあった戦国時代から江戸時代にかけての日本の城。別名雁城(かりがねじょう)ともいう。
延沢城
延沢城(のべさわじょう)は、山形県尾花沢市にあった日本の城。別名霧山城、野辺沢城。国の史跡に指定されている。
畑谷城
畑谷城(はたやじょう)は、山形県東村山郡山辺町畑谷にあった戦国時代の日本の城(山城)。東黒森山の北西に位置する「館山」の山頂を本曲輪とし、各所に空堀を配した曲輪を築いていた。山辺町指定史跡。
藤島城
藤島城(ふじしまじょう)は、山形県鶴岡市藤島にあった日本の城。市指定史跡。
溝延城
溝延城(みぞのべじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘溝延(山形県西村山郡河北町)にあった日本の城。
谷地城
谷地城(やちじょう)は、出羽国村山郡谷地(山形県西村山郡河北町)にあった日本の城。町指定史跡。
山辺城
山辺城(やまのべじょう)は、山形県東村山郡山辺町山辺にあった戦国時代の日本の城(平山城)。山野辺城と記されることもある。 城は山形盆地の西端の丘陵に築かれている。山辺小学校の南にある旧町役場の辺りに主郭を置いた輪郭式の平山城であったというが、現在は市街地に没している。
安子島城
安子島城(あこがしまじょう)、または安子ヶ島城は、福島県郡山市熱海町安子島字南町にあった日本の城(平山城)。現在は建物はなく城跡のみ残る。
大森城
大森城(おおもりじょう)は、福島県福島市南部にあった戦国時代の日本の城。別名臥牛城と呼ばれている。JR南福島駅より西方約2km。
小高城
小高城(おだかじょう)は、福島県南相馬市小高区(令制国下:陸奥国行方郡小高)にあった日本の城(平山城)。別名「紅梅山浮船城」。福島県指定史跡。
東林寺城
東林寺城(とうりんじじょう)は、茨城県牛久市新地町にあった日本の城。
搦目城
搦目城(からめじょう)は、福島県白河市藤沢山にあった日本の城である。搦目城は通称で、正しくは「白川城」という。「結城白川城」ともいう。国の史跡に指定されている(指定名称は「白川城跡」)。
北田城
北田城(きただじょう)は、福島県河沼郡湯川村にあった日本の城。「北田城跡」として湯川村指定史跡となっている。
桑折西山城
桑折西山城(こおりにしやまじょう)は、福島県桑折町にあった日本の城。現在の、JR桑折駅西部の丘陵一帯にあたる。戦国時代には、伊達氏が居城とした。城跡は国の史跡に指定されている。
名倉城
名倉城(なぐらじょう)は、陸奥国信夫郡名倉(現在の福島県福島市佐倉下)にあった城。 歴史的経緯は不明であるが、伝承によれば佐藤基治の一族である信夫治重(小治郎)が築城・拠点としたが、源頼朝の奥州合戦の際に行われた石那坂の戦いで治重は戦死したと伝えられている。 東西160メートル、南北200メートルと推定される平城で周囲を堀で囲まれていたが、城跡のほとんどが桑畑などの畑地や宅地となり、堀があったと思
二本松城
二本松城(にほんまつじょう)は、福島県二本松市郭内にある日本の城(平山城)。日本100名城の一つ。別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。平成19年(2007年)7月26日、二本松城跡として国の史跡に指定された。「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されている。
久川城
久川城(ひさかわじょう)は、福島県南会津郡南会津町にあった戦国時代から江戸時代初期の日本の城。遺構の保存状態が良好で、築城の歴史的背景が明確であることから、福島県史跡に指定されている。
桧原城
桧原城(ひばらじょう)は、福島県北塩原村にあった戦国時代の日本の城。別名小谷山城。1585年(天正13年)に米沢城主伊達政宗によって築城された。山頂部の標高は950m。現在は山頂部に空堀や土塁、郭、虎口などの遺構が残っている。
宮森城
宮森城(みやもりじょう)は、福島県二本松市小浜にあった日本の城。
三芦城
三芦城(みよしじょう)は、陸奥国石川郡泉郷(福島県石川郡石川町下泉泉郷川流域)にあった城館(日本の城)。平安時代後期から戦国時代にかけて石川郡を支配していた陸奥石川氏の居城である。別名石川城。
御代田城
御代田城(みよだじょう)は、福島県郡山市田村町御代田にあった日本の城。御代田館、三世田城とも呼ばれる。
伊佐城
伊佐城(いさじょう)は、茨城県筑西市(常陸国伊佐郡)にあった日本の城。伊佐氏の城。その城域は、東側に勤行川をのぞむ台地上の施無畏山延命院観音寺境内とその周辺で、「伊佐城跡」の名称で茨城県の史跡に指定されている。
岩瀬城
岩瀬城(いわせじょう)は、茨城県桜川市岩瀬にあった日本の城。
宇留野城
宇留野城(うるのじょう)は茨城県常陸大宮市宇留野に所在する城郭の遺跡(城跡)。中世常陸国にて佐竹氏に仕えた宇留野氏の城館跡とされる。
岡見城
岡見城(おかみじょう)は、茨城県牛久市岡見町にあった日本の城。
小栗城
小栗城(おぐりじょう)は、茨城県筑西市小栗にあった日本の城(山城)。小栗判官で有名な小栗氏の居城。戦国時代には宇都宮氏家臣小宅氏の居城にもなっている。
小田城
小田城(おだじょう)は、茨城県つくば市にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
久下田城
久下田城(くげたじょう)は、茨城県筑西市樋口にあった日本の城。茨城県指定文化財(史跡)。
徳宿城
徳宿城(とくしゅくじょう)は、茨城県鉾田市にあった日本の城。
下館城
下館城(しもだてじょう)は、茨城県筑西市甲(本城町)にあった日本の城。筑西市指定文化財(史跡)。
助川海防城
助川海防城(すけがわかいぼうじょう)は、茨城県日立市助川町(常陸国多賀郡助川(介川))にあった日本の城。江戸時代後期に築かれた。常陸沖に異国船が頻繁に出没したことから海防目的に築城されたが、天狗党の乱の戦場となり焼失した。城跡は茨城県指定史跡、茨城百景となっている。
多良崎城
多良崎城(たらざきじょう、たらさきじょう)は、茨城県ひたちなか市足崎にあった日本の城(中世の居館)。鎌倉末期から南北朝時代にかけて築城されたとされる。 ひたちなか市指定史跡。
月居城
月居城(つきおれじょう)は、茨城県久慈郡大子町袋田(常陸国久慈郡大子村)にあった日本の城(山城)。 築城は、応永年間(1394年 - 1425年)といわれ、領主であり常陸守護である佐竹氏の庶家・北酒出氏の分家にあたる袋田氏により築城された。別称を袋田城ともいう。後に袋田氏が佐竹氏一門の小田野氏を相続することになり、袋田氏はその血脈を伝えながら断絶、主なき月居城は一時廃城となった。
土浦城
土浦城(つちうらじょう)は、茨城県土浦市(常陸国新治郡)にあった日本の城。室町時代に築かれ、江戸時代に段階的に増改築されて形を整えた。幅の広い二重の堀で守る平城である。天守は作られなかった。太鼓櫓門が現存し、東西二か所の櫓が復元されている。
手子生城
手子生城(てごまるじょう)は、茨城県つくば市手子生(常陸国筑波郡)にあった日本の城。かつては手子丸城と称した。1982年(昭和57年)3月31日につくば市指定史跡に指定された。
依上城
依上城(よりがみじょう)は、茨城県久慈郡大子町(常陸国久慈郡大子村)にあった日本の城(山城)。
伊佐野城
伊佐野城(いさのじょう)は、栃木県矢板市大字下伊佐野小字堀之内にあった日本の城(山城)。築城者、築城年代は不詳。天正18年(1590年)廃城。別称として「堀之内館・堀内館」(ほんのうちやかた)。
大田原城
大田原城(おおたわらじょう)は、栃木県大田原市城山2丁目にあった日本の城(平山城)。大田原市指定史跡。1543年に大田原資清によって下野国大田原の蛇尾川西岸、比高約25メートルの龍体山に築かれた。
乙畑城
乙畑城(おつはたじょう)は、栃木県矢板市大字乙畑にあった日本の城(山城)。平安末期築城、天正18年(1590年)8月30日廃城。乙幡城、小幡城などとも言う。
上三川城
上三川城(かみのかわじょう)は、栃木県河内郡上三川町上三川(下野国河内郡上三川)にあった日本の城。宇都宮氏にとって多功城と並ぶ南方を守る有力な支城であり、城主は横田氏と今泉氏であった。城跡の大部分は宅地化したが、本丸跡が上三川城址公園として残っている。
唐沢山城
唐沢山城(からさわやまじょう)は、栃木県佐野市富士町と栃本町にかけてあった日本の城。別名は栃本城、根古屋城、牛ヶ城。 「関東一の山城」と称される。城跡は国の史跡に指定されている。2017年には続日本100名城(114番)に選定された。
川連城
川連城(かわつれじょう/かわつらじょう)は、栃木県栃木市大平町川連から片柳町にかけてあった日本の城。戦国時代から安土桃山時代にかけて築かれた。
勧農城
勧農城(かんのうじょう)または岩井山城(いわいやまじょう)は、栃木県足利市岩井町の岩井山にあった中世の日本の城(平山城)。足利市指定史跡。
境林城
境林城(さかいばやしじょう)は、栃木県矢板市大字境林小字滝原台にあった日本の城(山城)。
佐野城
佐野城(さのじょう)は、栃木県佐野市若松町(下野国安蘇郡佐野)にあった日本の城(平山城)。別名春日岡城・春日城・姥城(うばがじょう)。佐野市指定史跡。
多功城
多功城(たこうじょう)は、栃木県河内郡上三川町にあった中世の日本の城。宇都宮氏の一門・多功氏の居城であった。
寺山城
寺山城(てらやまじょう)は、栃木県矢板市大字長井小字武者嶽にある古代のチャシ。
堀江山城
堀江山城(ほりえやまじょう)は、栃木県矢板市大字館の川小字北久保にあった日本の城(山城)。平安末期築城、文禄4年(1595年)2月8日廃城。別称として堀江城、根小屋城。
壬生城
壬生城(みぶじょう)は、栃木県下都賀郡壬生町にあった日本の城。江戸時代には下野国都賀郡に所属し、壬生藩の藩庁が置かれた。
八木岡城
八木岡城(やぎおかじょう)は、栃木県真岡市大字八木岡字東館にあった日本の城。
山田城
山田城(やまだじょう)は、栃木県矢板市大字山田小字城山にあった日本の城(山城)。根小屋(根古屋)城とも呼ばれる。
岩下城
岩下城(いわしたじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町岩下地区(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。戦国期に吾妻郡に拠った吾妻斎藤氏の拠点とされる。吾妻斎藤氏が没落した後は武田氏家臣や周辺の武田方国衆が在城した。
大胡城
大胡城(おおごじょう)は、群馬県前橋市河原浜町にあった中世の日本の城(平山城)。大胡氏・上泉氏の居城であった。後の近世初頭に徳川氏家臣・牧野氏が入り城主になった。群馬県指定史跡。天文年間(1532年 - 1555年)に築城されたとされ、元和2年(1616年)廃城となった。
大戸平城
大戸平城(おおどひらじょう)は、群馬県東吾妻町大戸字平城(上野国吾妻郡)にあった日本の城。戦国時代の国衆・大戸浦野氏の居城。
倉賀野城
倉賀野城(くらがのじょう)は、群馬県高崎市倉賀野町にあった日本の城。
小泉城
小泉城(こいずみじょう)、または富岡城(とみおかじょう)は、群馬県邑楽郡大泉町にあった日本の城。築城は、延徳元年(1489年)。現在は城跡に曲輪と内堀、外堀の一部および土塁が残っており、城之内公園(しろのうちこうえん)として整備されている。大泉町指定史跡。
猿ヶ京城
猿ヶ京城(さるがきょうじょう)とは上野国にあった城である。永正年間に上杉顕定が築城したという。 1510年(永正7年)、長森原の戦いで顕定は長尾為景に討たれた。顕定の養子上杉憲房は猿ヶ京城に籠城しようとしたが、為景に加勢した長尾景春に敗北した。 だが『加沢記』『沼田記』では1560年(永禄3年)三国峠を越え宮野城に入った長尾景虎が宿を取り、申年の自分が申年申の日に泊った事から「猿ヶ京」と改めたとの
手子丸城
手子丸城(てこまるじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。草津街道や越後街道が分岐する要衝に位置し、岩櫃城と並ぶ吾妻郡の重要拠点であった。
根小屋城
根小屋城(ねごやじょう)は、群馬県高崎市山名町城山にあった戦国時代の日本の城(山城)。
柄杓山城
柄杓山城(ひしゃくやまじょう)、または桧杓山城は、群馬県桐生市北部の梅田町にあった日本の城。桐生氏の城。桐生城ともいう。「桐生桧杓山城跡」として桐生市指定史跡。
平井城
平井城(ひらいじょう)は、群馬県藤岡市にあった日本の城。群馬県指定史跡。
前橋城
前橋城(まえばしじょう)は、群馬県前橋市(上野国群馬郡)にあった日本の城(平山城)。前橋台地北東縁に築かれた平城で、古くは厩橋城(まやばしじょう)と呼ばれ、また関東七名城の一つに数えられた。車橋門の跡が前橋市の史跡に指定され、酒井氏に伝わる城絵図が市指定重要文化財に指定されている。
松井田城
松井田城(まついだじょう)は、群馬県安中市松井田町高梨子(上野国碓氷郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。諏訪城・小屋城・霞ヶ城・堅田城ともいわれる。「安中郭」が安中市指定史跡に指定されている。
丸岩城
丸岩城(まるいわじょう)は、群馬県吾妻郡長野原町(上野国吾妻郡横壁)にあった日本の城(山城)。
山上城
山上城(やまかみじょう)は、群馬県桐生市新里町山上にあった戦国時代の城。
山名城
山名城(やまなじょう)は、群馬県高崎市山名町前城(上野国多胡郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。別名前城・寺尾下城ともいわれる。天正18年(1590年)まで木部氏の要害城として用いられたとみられている。高崎市指定史跡。
赤山城
赤山城(あかやまじょう)は、埼玉県川口市にあった城。赤山陣屋とも呼ばれる。埼玉県指定文化財(旧跡)。
杉山城
杉山城(すぎやまじょう)は、埼玉県比企郡嵐山町(武蔵国比企郡)にあった日本の城。別名初雁城。
熊倉城
熊倉城(くまくらじょう)は、埼玉県秩父市荒川日野(武蔵国秩父郡日野村)の城山にあった日本の城。別名日野城(ひのじょう)。
寿能城
寿能城(じゅのうじょう)は、埼玉県さいたま市大宮区にあった日本の城。県指定旧跡。
菖蒲城
菖蒲城(しょうぶじょう)は、埼玉県久喜市菖蒲町新堀(武蔵国埼玉郡新堀村)にあった日本の城。古河公方足利成氏が、康正2年(1456年)に金田式部則綱に命じて築城させた。城の竣工が5月5日の菖蒲の節句にであったために命名された。天正18年(1590年)小田原征伐ののち廃城となり、以降は徳川家康に仕えた内藤正成が栢間陣屋(現在の久喜市菖蒲町下栢間)を構えて5700石を知行し、上級旗本として14代、幕末ま
根古屋城
根古屋城(ねごやじょう)は、埼玉県所沢市勝楽寺の山口貯水池(狭山湖)となっている人造湖の北岸にあった日本の城。埼玉県指定史跡。
鉢形城
鉢形城(はちがたじょう)は、埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にあった戦国時代の日本の城。構造は連郭式平山城。標高は最高点(三の曲輪)で122m。
深谷城
深谷城(ふかやじょう)は、埼玉県深谷市本住町(武蔵国榛沢郡深谷)にあった日本の城(平山城)。城跡は埼玉県指定旧跡、また外堀(外濠)の一部が深谷市指定史跡。
真鳥山城
真鳥山城(まとりやまじょう)は、埼玉県さいたま市桜区にあった日本の城。真鳥日向守城・真鳥城とも呼ばれる。
蕨城
蕨城(わらびじょう)は、埼玉県蕨市(武蔵国足立郡)にあった日本の城。南北朝時代に室町幕府の渋川氏によって築城された。埼玉県指定旧跡。
千葉県の城
千葉県の城(ちばけんのしろ)は古代から近世にかけて千葉県内にあった城をとりまとめたものである。
大網城
大網城(おおあみじょう)は、千葉県大網白里市にあった戦国時代の日本の城(平山城)。
大椎城
大椎城(おおじじょう、おおじいじょう)は、千葉県千葉市緑区大椎町にあった日本の城。あすみが丘のワンハンドレッドヒルズに隣接する場所にあり、現在は私有地となっている。
太田用替城
太田用替城(おおたようがえじょう)は、千葉県佐倉市太田にあった日本の城。用替ヶ丘砦、太田要害城ともいう。
大戸城
大戸城(おおとじょう)は、現在の千葉県君津市にあった日本の城。久留里城の支城であったとされる。
大友城
大友城(おおともじょう)は、千葉県香取郡東庄町大友にあった日本の城。東庄町指定史跡。
奥津城
奥津城(おくつじょう)は、千葉県勝浦市興津字要害(上総国夷隅郡興津)にあった日本の城。別名興津城(おきつじょう)。
小弓城
小弓城(おゆみじょう)は、千葉県千葉市中央区南生実町にあった日本の城。南生実城、南小弓城(みなみおゆみじょう)とも呼ばれる。
勝浦城
勝浦城(かつうらじょう)は、千葉県勝浦市浜勝浦(千葉県夷隅郡勝浦)にあった日本の城。勝浦市指定史跡。
久留里城
久留里城(くるりじょう)は、千葉県君津市久留里付近にあった日本の城。別名雨城・霧降城・浦田城とも呼ばれる。
小篠塚城
小篠塚城(こしのづかじょう)は、千葉県佐倉市小篠塚にあった日本の城。
坂田城
坂田城(さかたじょう)は、現在の千葉県山武郡横芝光町坂田付近にあった日本の城。
佐倉城
佐倉城(さくらじょう)は、千葉県佐倉市城内町にあった近世の日本の城。江戸時代には佐倉藩の藩庁が置かれた。市指定史跡および日本城郭協会選定の日本100名城(第20番)である。城跡は佐倉城址公園として整備されている。
佐貫城
佐貫城(さぬきじょう)は、千葉県富津市佐貫にあった日本の城。江戸時代には佐貫藩の藩庁が置かれた。
助崎城
助崎城(すけざきじょう)は、千葉県成田市名古屋にあった日本の城。
多古城
多古城(たこじょう)は、千葉県香取郡多古町にあった日本の城。
多部田城
多部田城(たべたじょう)は、千葉市若葉区多部田町にあった日本の城。
千田城
千田城(ちだじょう)は、千葉県香取郡多古町千田にあった日本の城。
土橋城
土橋城(つちはしじょう)は、千葉県香取郡多古町御所台にあった日本の城。御所台城とも言う。
寺崎城
寺崎城(てらさきじょう)は、千葉県佐倉市寺崎にあった日本の城。
土気城
土気城(とけじょう)は、千葉県千葉市緑区土気町にあった日本の城。
夏見城
夏見城(なつみじょう)は、千葉県船橋市夏見にあった中世の日本の城。
並木城
並木城(なみきじょう)は、千葉県香取郡多古町南並木にあった日本の城。
布佐城
布佐城(ふさじょう)は、千葉県我孫子市布佐(下総国相馬郡)にあった日本の城。和田城という別名をもつ。
布施殿台城
布施殿台城(ふせとのだいじょう)は、千葉県いすみ市下布施にあった日本の城。
増尾城
増尾城(ますおじょう)は、千葉県柏市増尾にあった日本の城。城跡は「増尾城址総合公園」となっている。
万喜城
万喜城(まんぎじょう)は、千葉県いすみ市万木(上総国夷隅郡)にあった日本の城。万木城・満喜城・万騎城とも表記された。
実籾城
実籾城(みもみじょう)は、千葉県習志野市実籾本郷付近にあった日本の城。 実籾高校から水田を挟んだ南東の方向に、こんもりとした台地がある。この台地の上部から土塁が発見され、その特徴から戦国時代の城であったと考えられる。現在はかなり樹木によっておおわれているが、土塁の上から見ると藪(やぶ)ごしに下の谷がよく見渡せ、城として好立地であることが窺える。しかし、遺跡の様子から見るとあまり大きな城ではなく、砦
山之城
山之城(やまのじょう)は、千葉県鴨川市主基西(安房国長狭郡)にあった日本の城。
吉橋城
吉橋城(よしはしじょう)は、千葉県八千代市吉橋にあった日本の城。
分城
分城(わけじょう)は、千葉県香取郡多古町南中にあった日本の城。