岐阜城
岐阜城(ぎふじょう)は、美濃国井之口の稲葉山(岐阜県岐阜市の金華山)にあった日本の城(山城)。もとは稲葉山城と言い、鎌倉時代以来の歴史があるが、本格的に整備されたのは戦国時代の斎藤道三の時期だと考えられている。織田信長が1567年の稲葉山城の戦いにより斎藤龍興から奪取し、本拠地を当城へと移し、その縄張りを破却して新たに造営したものが岐阜城である。『信長公記』に「尾張国小真木山より濃州稲葉山へ御越し
千旦林城
千旦林城(せんたんばやしじょう)は、岐阜県中津川市千旦林にあった砦(日本の城)。
今尾城
今尾城(いまおじょう)は、岐阜県海津市にあった中世の日本の城(平城)。揖斐川左岸に位置する。遺構はほとんど残っておらず、敷地の一部は海津市立今尾小学校になっている。
小島城
小島城(おじまじょう)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合にあった日本の城(山城)。
小里城
小里城(おりじょう)は、岐阜県瑞浪市にあった日本の城(山城)。
加賀野井城
加賀野井城(かがのいじょう)は、岐阜県羽島市にあった日本の城。加賀井城とも書かれる。加賀井氏の居城として使われ、現在はわずかに城跡が残されているのみだが、県の史跡に指定されている。地元の伝承では城の井戸が木曽川の中ほどにあるといい、1586年(天正14年)の洪水や1608年(慶長13年)の御囲堤築造に伴う治水工事で城郭・城地の大半を失ったと推定されている。
加治田城
加治田城(かじたじょう)は、戦国時代の美濃国加茂郡(岐阜県加茂郡富加町加治田)にあった日本の城。本名却敵城(きゃくてきじょう)。別名・加治田山城。山の名前としては加治田山や古城山、あるいは白華山と呼ばれた。現在は山全体を梨割山という。
加納城
加納城(かのうじょう)は、岐阜県岐阜市加納丸の内にあった日本の城。
上茜部城
上茜部城(かみあかなべじょう)は、岐阜市茜部本郷2丁目にあった戦国時代の日本の城。別名茜部城。
北方城
北方城(きたがたじょう)は、岐阜県本巣郡北方町(美濃国席田郡)にあった戦国時代の日本の城(平城)。岐阜県指定史跡。現在の大井神社南東一帯に所在した。
久々利城
久々利城(くくりじょう)は、岐阜県可児市にあった日本の城(山城)。
串原城
串原城(くしはらじょう)は、岐阜県恵那市串原にあった日本の城。
小鷹利城
小鷹利城(こたかりじょう)は、岐阜県飛騨市河合町稲越にあった中世の日本の城(山城)。別名・小鷹狩城。姉小路家向氏が築城した。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。持城に向小島城がある。
小寺城
小寺城(こでらじょう)は、美濃国池田郡小寺(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。池田山城とも呼ばれる。稲葉塩塵(いなば えんじん)が築き、稲葉氏三代の居城であった。
三仏寺城
三仏寺城(さんぶつじじょう)は、岐阜県高山市三福寺町にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
十九条城
十九条城(じゅうくじょうじょう)は、現在の岐阜県瑞穂市にあった戦国時代の日本の城(平城)。
十七条城
十七条城(じゅうしちじょうじょう)は、岐阜県瑞穂市にあった日本の城(平山城)。瑞穂市指定史跡。西浦の城山と呼ばれる低い丘にあった。
太郎ヶ城
太郎ヶ城(たろうがじょう)は、美濃国池田郡本郷(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。
妻木城
妻木城(つまぎじょう)は、岐阜県土岐市妻木町上郷にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
土田城
土田城(どたじょう)は、岐阜県可児市土田にあった日本の城(山城)。
一柳城
一柳城(ひとつやなぎじょう)、または大洞城(おおぼらじょう)は、岐阜県関市(美濃国武儀郡富之保一柳)にあった日本の城(山城)。津保城(つぼじょう)とも言う。
伏屋城
伏屋城(ふせやじょう)は、岐阜県羽島郡岐南町伏屋3丁目にあった日本の城。別名一夜城、太閤城。
本郷城
本郷城(ほんごうじょう)は、美濃国池田郡本郷(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。
増島城
増島城(ますしまじょう)は、岐阜県飛騨市古川町片原町にあった日本の城。北飛騨唯一の平城。古川国府盆地の中央、荒城川沿いに位置する。岐阜県指定史跡。
松尾山城
松尾山城(まつおやまじょう)は、岐阜県不破郡関ケ原町松尾の松尾山山頂に築かれた戦国時代の日本の城(山城)。関ケ原の戦いにおいて小早川秀秋が陣を敷いたことでも知られる。関ケ原町指定史跡。
三井城
三井山城(みいやまじょう)は、岐阜県各務原市三井山町にあった室町・戦国時代の日本の城。別名三井城。標高108.8mの三井山の山頂にある。
向小島城
向小島城(むかいこじまじょう)は、岐阜県飛騨市にあった日本の城(山城)。別名信包城。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。姉小路家向氏の本城。
無動寺城
無動寺城(むどうじじょう)は、岐阜県羽島郡笠松町無動寺にあった戦国時代の日本の城。城主は土岐氏の土岐八郎頼香。別名光得寺砦。
八神城
八神城(やかみじょう)は、岐阜県羽島市桑原町八神にあった日本の城。岐阜県指定史跡。
柳津城
柳津城(やないづじょう)は、岐阜県岐阜市柳津町本郷2丁目(旧羽島郡柳津町)にあった戦国時代の日本の城。
大垣城
大垣城(おおがきじょう)は、岐阜県大垣市郭町にあった日本の城(平城)。麋城(びじょう)または巨鹿城(きょろくじょう)とも呼ばれる。
大桑城
大桑城(おおがじょう)は、岐阜県山県市大桑・青波・富永地区の境にあった鎌倉時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。標高408メートルの古城山(別名・金鶏山)の山頂付近に存在した。国の史跡に指定されている。
傘松城
傘松城(からかさまつじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町吉田、釜崎、寺林にまたがって築かれた日本の城。別名を吉田城と称する。北飛彈屈指の山城跡として昭和46年(1971年)9月14日に岐阜県から史跡に指定された。その後行われた発掘の成果により江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして令和6年(2024年)2月21日に国の史跡に追加指定された。 高原郷を見下ろす比高500mの観音山山頂に築かれており、江馬氏の
垂井城
垂井城(たるいじょう)は、美濃国不破郡(現在の岐阜県不破郡垂井町)にあった日本の城。明確な遺構がないため正確な位置は不明だが、文献や地形などから専精寺境内が所在地に比定されており、案内板と石碑が建っている。
堂洞城
堂洞城(どうほらじょう)は、美濃国の中濃(岐阜県加茂郡富加町夕田)にあった日本の城(平山城)。別名・堂洞山城、堂洞掻上城。濃尾平野の北で、加治田城から目と鼻の先にある。
政元城
政元城(まさもとじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町西にあった日本の城。別名を山田城と称する。江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして昭和55年(1980年)3月21日に国の史跡に指定された。 越中東街道と数河街道の追分を見下ろす比高40mの山上に築かれている。主郭は東西20m、南北10mで腰曲輪を有し、西側に堀切を挟んで別の曲輪がある。
毛利山城
毛利山城(もうりやまじょう)、または牛ヶ鼻砦(うしがはなとりで)は、岐阜県美濃加茂市愛宕山にあった日本の城(山城)。
伊木山城
伊木山城(いぎやまじょう)は、岐阜県各務原市小伊木4丁目にあった戦国・安土桃山時代の日本の城(山城)。伊木山の山頂にある。
墨俣城
墨俣城(すのまたじょう)は、岐阜県大垣市墨俣町墨俣にあった戦国時代の日本の城。 築城時期は不明である。長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で築いた城は斎藤利為らが城主を務めた。 1561年(永禄4年)ないし1566年(永禄9年)の織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)がわずかな期間でこの