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猿ヶ京城
猿ヶ京城(さるがきょうじょう)とは上野国にあった城である。永正年間に上杉顕定が築城したという。 1510年(永正7年)、長森原の戦いで顕定は長尾為景に討たれた。顕定の養子上杉憲房は猿ヶ京城に籠城しようとしたが、為景に加勢した長尾景春に敗北した。 だが『加沢記』『沼田記』では1560年(永禄3年)三国峠を越え宮野城に入った長尾景虎が宿を取り、申年の自分が申年申の日に泊った事から「猿ヶ京」と改めたとの
猿ヶ京城(さるがきょうじょう)とは上野国にあった城である。永正年間に上杉顕定が築城したという。 1510年(永正7年)、長森原の戦いで顕定は長尾為景に討たれた。顕定の養子上杉憲房は猿ヶ京城に籠城しようとしたが、為景に加勢した長尾景春に敗北した。 だが『加沢記』『沼田記』では1560年(永禄3年)三国峠を越え宮野城に入った長尾景虎が宿を取り、申年の自分が申年申の日に泊った事から「猿ヶ京」と改めたとの伝承もある。
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