白石城
白石城(しろいしじょう)は、宮城県白石市(陸奥国刈田郡白石)にあった日本の城(平山城)。別名益岡城(枡岡とも)。城は白石市指定史跡となっている。中世の頃は白石氏(刈田氏)の居館だったと伝わる。戦国時代末期に城主が何度か変遷し、江戸時代には仙台藩家臣の片倉氏の城となった。
仙台城
仙台城(せんだいじょう、旧字体: 仙臺城)は、宮城県仙台市青葉区(陸奥国宮城郡)の青葉山にあった日本の城(平山城)。雅称は青葉城。国の史跡。 慶長年間に伊達政宗が築城してから、廃藩置県・廃城令までの約270年にわたり伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。二代藩主伊達忠宗の代に完成した仙台城は約2万坪で、大藩にふさわしい大規模な城だった。
센다이성(아오바성)
독안룡 다테 마사무네가 쌓은 동북의 웅성. 아오바산에 기마 자세의 마사무네 상이 서있다.
岩切城
岩切城(いわきりじょう)は、宮城県仙台市宮城野区岩切にあった峻険な日本の城(山城)。高森山にあることから、別名を高森城(たかもりじょう)という。周辺は高森山公園として整備されている。
岩出山城
岩出山城(いわでやまじょう)は、陸奥国(のち陸前国)玉造郡(現・宮城県大崎市)にあった日本の城(一国一城令ののち要害)。伊達氏以前は「岩手沢城」と呼ばれており、古くは足利氏一門で奥州探題であった大崎氏の家臣氏家氏の居城であった。
大衡城
大衡城(おおひらじょう)は、宮城県黒川郡大衡村塩浪にあった日本の城(平山城)。別名越路舘。城跡は大衡城跡公園として整備されている。
沖野城
沖野城(おきのじょう)は、宮城県仙台市(陸奥国名取郡)若林区沖野7丁目にあった中世の日本の城。不明の点が多いが、16世紀末に廃止された。東西約400メートル、南北約300メートルの範囲で、二重の土塁と二重の水濠を巡らせていた。
坂元城
坂元城(さかもとじょう)、または蓑首城(みのくびじょう)は、宮城県亘理郡山元町(陸奥国亘理郡)にあった城。町指定史跡。
佐沼城
佐沼城(さぬまじょう)は、宮城県登米市迫町佐沼字内町にあった日本の城。別名・鹿ヶ城。江戸時代は伊達氏の支配下の元佐沼要害と称した。登米市指定史跡。
津久毛橋城
津久毛橋城(つくもはしじょう)または津久裳橋城は、宮城県栗原市(陸奥国栗原郡)金成津久毛にあった南北朝時代の日本の城。1341年(北朝:暦応4年/南朝:興国2年)に南朝方の北畠顕信が築いた。
寺池城
寺池城(てらいけじょう)は、宮城県登米市登米町寺池にあった日本の城。「寺池館」とも呼ぶ場合もあり、通称「臥牛城」。江戸時代は伊達氏の支配下の元「登米要害」と称した。
松森城
松森城(まつもりじょう)は、宮城県仙台市泉区松森にあった日本の城(山城)。本丸と二の丸の位置が鶴翼の陣形に似ていることから別名、鶴ヶ城(つるがじょう)とも言う。国分盛顕が移り住み、国分盛重が出奔した後は伊達家の所領となり、毎年、仙台藩の野初の舞台となった。 現在では一部が鶴ヶ城公園として整備されている。
桃生城
桃生城(ものうじょう)は、古代の朝廷が陸奥国桃生郡(現・宮城県石巻市)に築いた城柵。
利府城
利府城(りふじょう)は、宮城県宮城郡利府町にあった日本の城。
涌谷城
涌谷城(わくやじょう)は、宮城県遠田郡涌谷町にあった日本の城(平山城)。別名涌谷要害。
亘理城
亘理城(わたりじょう)は、陸奥国亘理郡(宮城県亘理郡亘理町)にあった日本の城。地形が牛の臥せた形に似ていることから臥牛城ともいわれる。また、江戸時代は亘理要害と呼ばれた。
丸森城
丸森城(まるもりじょう)は、宮城県伊具郡丸森町渕ノ上(陸奥国伊具郡)にあった日本の城。現地の案内板などでは「丸山城」として紹介されているが、仙台藩の公式記録である『性山公治家記録』には「丸森城」とある。城は阿武隈川南岸の渕ノ上に在し、阿武隈川支流の五福谷川が城の西側を回り込む。
根添城
根添城(ねぞえじょう)、または根添館(ねぞえたて)は、宮城県仙台市太白区坪沼地区にあった日本の城(山城)。陸奥国の豪族安倍氏の支城として用いられた。
多賀城
多賀城(たがじょう)は、宮城県多賀城市にあった古代城柵。国の特別史跡に指定され(指定名称は「多賀城跡 附 寺跡」)、出土品は国の重要文化財に指定されている。多賀柵(たかのき)とも。 奈良時代より陸奥国府や鎮守府が置かれ、平安時代(11世紀中頃)まで東北地方の政治・軍事・文化の中心地であった。
伊治城
伊治城(いじじょう/これはりじょう/これはるじょう)は、宮城県栗原市にあった城柵。城跡は2003年(平成15年)8月27日に国の史跡に指定され、2005年(平成17年)7月14日に追加指定された。
石巻城
石巻城(いしのまきじょう、または日和山城)は宮城県石巻市の日和山にあった中世の城である。