鹿児島城
鹿児島城(かごしまじょう)は、鹿児島県鹿児島市城山町にあった江戸時代の日本の城。別名、鶴丸城(つるまるじょう)。 鶴丸城は通称であり、絵地図や文献など記載されている正式名称は鹿児島城である。城山を原良側のあたり、特に原良の高台から見た際に鶴が羽を広げたように見えることから、城山のことを通称で「鶴丸山」と江戸時代中期以前から一般庶民の間では呼んでおり、鶴丸山の城とも呼んでいた。その山の下にある平屋の
与論城
与論城(よろんじょう/よろんぐすく)は、南西諸島与論島の鹿児島県大島郡与論町大字立長にあった北山王国の城跡。国の史跡に指定されている。
赤木名城
赤木名城(あかきなじょう)は、鹿児島県奄美市笠利町(奄美群島奄美大島)にあった日本の城。12世紀に築かれ、17世紀まで使用が確認された。国の史跡に指定されている。
一宇治城
一宇治城(いちうじじょう)は、鹿児島県日置市伊集院町大田(薩摩国伊集院)にあった中世の日本の城(山城)。
内城
内城(うちじょう)は、鹿児島県鹿児島市大竜町にあった島津氏の日本の城。
頴娃城
頴娃城(えいじょう)は、鹿児島県南九州市頴娃町郡字城内にあった日本の城。鹿児島県の指定史跡文化財に指定されている。
加治木城
加治木城(かじきじょう)は、鹿児島県姶良市加治木町反土にあった日本の城。1607年(慶長12年)、島津義弘がこの地に移ったときに麓に加治木館を作り、加治木城はその「後詰めの城」となった。
清色城
清色城(きよしきじょう)は、鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
建昌城
建昌城(けんしょうじょう/たてまさじょう)は、鹿児島県姶良市にあった日本の城。瓜生野城(うりうのじょう)とも呼ばれる。鹿児島県指定史跡。
志布志城
志布志城(しぶしじょう)は、鹿児島県志布志市志布志町(日向国諸県郡救仁院志布志)にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
橘木城
橘木城(たちばなきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。橘城、橘之城、曽於郡城、剣之宇都城(けんのうとじょう)、神山城とも呼ばれる。
知覧城
知覧城(ちらんじょう)は、鹿児島県南九州市知覧町永里にあった日本の城(中世山城)。国の史跡に指定されている。
堂崎城
堂崎城(どうざきじょう)は、鹿児島県長島町城川内(じょうかわうち)にあった日本の城。
東福寺城
東福寺城(とうふくじじょう)は、鹿児島県鹿児島市清水町(薩摩国鹿児島郡清水馬場町)にあった日本の城(山城)。平安時代に築城され江戸時代の初期に廃城となった。 現在は多賀山公園として整備されている。
富隈城
富隈城(とみくまじょう、とみのくまじょう)は、鹿児島県霧島市隼人町住吉の浜之市地区にあった安土桃山時代末期の日本の城。霧島市指定史跡。
姫木城
姫木城(ひめきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。比売之城(ひめのき)、比売奴城、比売妓城、熊襲城とも呼ばれる。
伊作城
伊作城(いざくじょう)は、鹿児島県日置市吹上町中原にあった中世の日本の城(山城)。鹿児島県指定史跡。伊作城はいくつかの廓から成り立つ城で、本丸は特に亀丸城と称した。
大口城
大口城(おおくちじょう)は、鹿児島県伊佐市大口里字上ノ馬場にあった日本の城。島津氏の外城。別名牛山城・牟田口城。古典的な山城形式だった。江戸時代の間に取り壊されてしまい、2016年(平成28年)11月時点では空堀や土塁が多少見受けられるのみとなっている。
峰ヶ城
峰ヶ城(みねがじょう)は、鹿児島県薩摩川内市高江町にあった日本の城。別名峰山城、高江城。
岩剣城
岩剣城(いわつるぎじょう)は、鹿児島県姶良市平松にあった中世の日本の城。標高210メートルの岩剣山頂にあり、山は剣の平(けんのひら)とも呼ばれている。姶良市指定史跡。