岐阜城
岐阜城(ぎふじょう)は、美濃国井之口の稲葉山(岐阜県岐阜市の金華山)にあった日本の城(山城)。もとは稲葉山城と言い、鎌倉時代以来の歴史があるが、本格的に整備されたのは戦国時代の斎藤道三の時期だと考えられている。織田信長が1567年の稲葉山城の戦いにより斎藤龍興から奪取し、本拠地を当城へと移し、その縄張りを破却して新たに造営したものが岐阜城である。『信長公記』に「尾張国小真木山より濃州稲葉山へ御越し
吉田郡山城
吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)は、広島県安芸高田市吉田町吉田にあった日本の城。安芸国の戦国大名・毛利氏の居城であった。城跡は「毛利氏城跡 多治比猿掛城跡 郡山城跡」として多治比猿掛城と共に国の史跡に指定されている。
彦根城
彦根城(ひこねじょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)にある城。江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つでもある(他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)。彦根八景・琵琶湖八景に選定されている。
春日山城
春日山城(かすがやまじょう)は、越後国頸城郡中屋敷春日山(現在の新潟県上越市春日山町)にあった中世の日本の城(山城)。主に長尾氏の居城で、戦国武将の上杉謙信の城として知られる。春日山城跡は国の史跡に指定されている。日本五大山城の一つとされることもある。
仙台城(青叶城)
由独眼龙伊达政宗修建的东北雄城,青叶山上立有政宗骑马像。
岡山城
岡山城(おかやまじょう)は、備前国御野郡岡山(現・岡山県岡山市北区)にあった日本の城。国指定の史跡。別名は烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。
津山城
津山城(つやまじょう)は、美作国 苫田郡(のち西北条郡)津山(現在の岡山県津山市山下)にあった日本の城。別名・鶴山城(かくざんじょう)。城跡は国の史跡に指定されている。津山市は建造物の木造復元など保存計画を行なっている。
岩国城
岩国城(いわくにじょう)は、山口県岩国市横山にあった日本の城(山城)。
小倉城
小倉城(こくらじょう)は、福岡県北九州市小倉北区にある日本の城。江戸時代には小倉藩の藩庁が置かれた。 別名として勝山城、勝野城、指月城、湧金城、鯉ノ城などがある。
今帰仁城
今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう、ほくざんぐすく))は、沖縄県国頭郡今帰仁村に位置する城跡である。 14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城であった。国の史跡、世界文化遺産の一部に指定されている。
安土城
织田信长修建的日本首座拥有正式天守阁的城堡,其壮丽景象至今仍作为传说流传。
富山城
富山城(とやまじょう)は、越中国新川郡富山(現在の富山県富山市丸の内)にあった日本の城(平城)。「浮城(うきしろ)」「安住城(あずみじょう)」ともいわれた(ただし、安住城は富山城とは別の城であるとする説もある)。続日本100名城の一つである。とやま城郭カードNo.16。
七尾城
七尾城(ななおじょう)は、能登国鹿島郡七尾(現・石川県七尾市古城町)にあった日本の城。室町時代から戦国時代にかけての山城跡で、国の史跡に指定されている。能登畠山氏によって拡張され、最終的には南北2.5キロメートル、東西1キロメートルにも及ぶ巨大な城となった。
高取城
高取城(たかとりじょう)は、奈良県高市郡高取町高取にあった日本の城。別名、高取山城。江戸時代は高取藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。
備中松山城
備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)は、岡山県高梁市内山下にあった日本の城(山城)。別名高梁城(たかはしじょう)。松山城(まつやまじょう)と呼ばれることもあるが、各地にある同名の城との混同を避けるため、国名を冠して備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)と呼ぶのが一般的である。 日本100名城の一つ。現存天守12城の一つでもあり、日本で唯一現存する山城でもある。
丸亀城
丸亀城(まるがめじょう)は、讃岐国、現在の香川県丸亀市にある日本の城。別名、亀山城(かめやまじょう)、蓬莱城(ほうらいじょう)ともいう。
月山日和城
月山日和城(がっさんひわじょう)は、宮崎県都城市高城町にあった日本の城(山城)。別名兼重本城・高城。
大口城
大口城(おおくちじょう)は、鹿児島県伊佐市大口里字上ノ馬場にあった日本の城。島津氏の外城。別名牛山城・牟田口城。古典的な山城形式だった。江戸時代の間に取り壊されてしまい、2016年(平成28年)11月時点では空堀や土塁が多少見受けられるのみとなっている。
伊作城
伊作城(いざくじょう)は、鹿児島県日置市吹上町中原にあった中世の日本の城(山城)。鹿児島県指定史跡。伊作城はいくつかの廓から成り立つ城で、本丸は特に亀丸城と称した。
宮崎城
宮崎城(みやざきじょう)は、宮崎県宮崎市池内町にあったとされる日本の城(山城)。1335年(建武2年)もしくは1336年(延元元年)築城。 南朝方勢力だった図師六郎入道隋円・慈円父子が築いた。伊東四十八城の一つ。別名「池内城」。
新納石城
新納石城(にいろいしのじょう)または石城(いしのじょう)は、宮崎県児湯郡木城町石河内にあった南北朝時代から戦国時代中頃の日本の城(山城)。伊東四十八城の1つであり石城合戦の舞台となった。亀城とも呼ぶ。
菊池城
菊池城(きくちじょう)は、熊本県菊池市隈府にあった中世の日本の城(山城)。菊池氏の本拠であった。別名隈府城。
角牟礼城
角牟礼城(つのむれじょう)は、大分県玖珠郡玖珠町の角埋山(つのむれやま)にあった日本の城(山城)。弘安年間(1278年 - 1288年)に森朝通により築かれたとされる。国の史跡。
基肄城
基肄城(きいじょう / きいのき、椽城)は、福岡県筑紫野市と佐賀県三養基郡基山町にまたがる基山(きざん)に築かれた、日本の古代山城。城跡は、1954年(昭和29年)3月20日、国の特別史跡「基肄(椽)城跡」に指定されている。
新田金山城
新田金山城(にったかなやまじょう)は、群馬県太田市のほぼ中央にそびえる標高235.8メートルの独立峰、全山アカマツに覆われた金山にあった日本の城(山城)。別名「金山城」、「太田金山城」。
小沢城
小沢城(おざわじょう)は、神奈川県川崎市多摩区菅仙谷にあった日本の城。現在は小沢城跡を含めた周辺は小沢城址緑地保全地区に指定され小沢城址里山の会が緑地保全を行っている。小沢天神山城とも呼ばれる。
御幣山城
御幣山城(おんべやまじょう)、または御幣山砦(おんべやまとりで)は、神奈川県藤沢市藤が岡(相模国鎌倉郡大鋸町)にあった日本の城(山城)。
要害山城
要害山城(ようがいさんじょう)は、甲斐国山梨郡(現山梨県甲府市)にあった日本の城。躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)の詰城として築かれた山城である。国指定史跡。要害城、積翠山城とも呼ばれる。 甲府盆地周縁の中央北部、相川扇状地の扇頂部に位置する甲府市上積翠寺町(かみせきすいじまち)にあって、標高780メートルの要害山(丸山)中腹の傾斜地を中心に築かれている。
横手城
横手城(よこてじょう)は、秋田県横手市城山町(出羽国 平鹿郡横手町)にあった日本の城(山城)。朝倉城(あさくらじょう)や阿櫻城(あざくらじょう)とも呼ばれる。廃城後に城跡は横手公園として整備されており、模擬天守が建てられている。横手市指定史跡。
新潟城
新潟城(にいがたじょう)は、戦国時代の一時期に存在したとされる日本の城。舟岡城、白山城ともいう。 現在の新潟県新潟市中央区一番堀通町、白山神社および白山公園の位置にあったと比定されているが確かではない。
二曲城
二曲城(ふとげじょう)は、石川県白山市出合町にあった日本の城(山城)。川の対岸にある鳥越城の附(つけたり)として国の史跡に指定されている。府峠城とも言う。
村岡山城
村岡山城(むろこやまじろ/むろこやまじょう)は、福井県勝山市村岡町寺尾にあった日本の城(山城)。2019年(平成31年)2月7日付けで勝山市指定史跡。同市の地名の由来に関わると言われている(後述)。
中久喜城
中久喜城(なかくきじょう)は、栃木県小山市中久喜(下野国寒川郡)にあった平安時代末期から戦国時代にかけての日本の城。別名:亀城、栃井城、中岫城、岩壺城。城跡は祇園城(小山城)跡・鷲城跡とともに「小山氏城跡(鷲城跡・祇園城跡・中久喜城跡)」として、国の史跡に指定されている。
村岡城
村岡城(むらおかじょう)、または高谷砦(たかやとりで)は、神奈川県藤沢市村岡東に所在する日本の城(砦)跡。現在は当時の遺構が残存しないが、旧所在地点が「村岡城址公園」として都市公園化している。二伝寺砦・御幣山城・長尾城とともに、玉縄城を守る支城であったと考えられている。
坂戸城
坂戸城(さかどじょう)は、新潟県南魚沼市にあった日本の城(山城)。坂戸山山頂(標高634メートル)に本丸、麓に平時の居館跡の遺構が見られ、魚野川をはさんで、三国街道を見下ろす交通上の要地に位置する。1979年(昭和54年)6月11日、国の史跡に指定された。
金ヶ崎城
金ヶ崎城(かながさきじょう・かねがさきじょう)は、福井県敦賀市金ヶ崎町にあった日本の城。別名敦賀城(つるがじょう)。城跡は国の史跡に指定されている。本項では支城である天筒山城についても併記する。
井田主馬ヶ城
井田主馬ヶ城(いだしゅめがじょう)は、富山県富山市八尾町井田にあった戦国時代の日本の城(山城)。富山市指定史跡。とやま城郭カードNo.23。「とやま文化財百選」の1つにも選ばれている。
後瀬山城
後瀬山城(のちせやまじょう)は、福井県小浜市にあった日本の城(山城)。若狭最大級の城であったが、比較的標高の高い山上に築かれていたため、北山麓に水堀を廻らせた常時住まいする大規模な守護館(武田氏館)が設けられていた。東山麓の発心寺も城砦の一部と考える見方がある。城跡は国の史跡に指定されている。 2015年(平成27年)4月24日、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 - 御食国(みけつくに)若狭と
若神子城
若神子城(わかみこじょう)は、山梨県北杜市須玉町若神子にあった日本の城。中世の山城で、現在は城跡が残り(若神子城跡)、北杜市指定史跡となっている。
上ノ山城
上ノ山城(うえのやまじょう)は、長野県安曇野市豊科田沢にあった日本の城(山城)。標高768メートルにある。安曇野市指定史跡。別名は殿山城。
切山城
切山城(きりやまじょう)は、石川県金沢市宮野町にあった安土桃山時代の日本の城(山城)。「加越国境城跡群及び道」(かえつくにざかいしろあとぐんおよびみち)として、2015年(平成27年)10月7日に松根城・小原越と共に国の史跡に指定されている。
妻籠城
妻籠城(つまごじょう)は、長野県木曽郡南木曽町にあった日本の城(山城)。長野県指定史跡。
屋代城
屋代城(やしろじょう)は、長野県千曲市屋代にあった日本の城(山城)。千曲市指定史跡。
龍王城
龍王城(りゅうおうじょう)、または竜王城は、現在の長野県千曲市桑原にあたる、信濃国更級郡桑原の佐野地区にあった山城である。海抜768メートルの三方が急峻な山上にある要害で、城跡からは聖高原、川中島(善光寺平)が俯瞰できる。
大桑城
大桑城(おおがじょう)は、岐阜県山県市大桑・青波・富永地区の境にあった鎌倉時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。標高408メートルの古城山(別名・金鶏山)の山頂付近に存在した。国の史跡に指定されている。
傘松城
傘松城(からかさまつじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町吉田、釜崎、寺林にまたがって築かれた日本の城。別名を吉田城と称する。北飛彈屈指の山城跡として昭和46年(1971年)9月14日に岐阜県から史跡に指定された。その後行われた発掘の成果により江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして令和6年(2024年)2月21日に国の史跡に追加指定された。 高原郷を見下ろす比高500mの観音山山頂に築かれており、江馬氏の
建部山城
建部山城(たけべやまじょう)は、丹後国加佐郡(京都府舞鶴市下福井)にあった室町時代から戦国時代にかけての日本の城。室町幕府の重鎮として栄えた有力守護大名一色氏の根拠地である八田守護所の背後にあった詰城。八田城、田辺城ともいう。
東山霊山城
東山霊山城(ひがしやまりょうぜんじょう)、あるいは霊山城(りょうぜんじょう)は、京都府京都市東山区清閑寺霊山町(当時は山城国愛宕郡)の霊山(標高176m)にあった戦国時代の日本の城(山城)。 室町幕府の13代将軍・足利義輝によって築城された。東山霊山城の存在する霊山は、東山三十六峰の一つであり、周辺には京都霊山護国神社や高台寺、清水寺等が位置している。霊山の中腹には正法寺が存在している。
信貴山城
信貴山城(しぎさんじょう)は、奈良県生駒郡平群町信貴畑にあった日本の城。木沢長政・松永久秀の居城となった。奈良県指定史跡に指定されている。 信貴山城は大和と河内の国境にある生駒山系に属する信貴山(標高433m)山上に築かれた山城である。信貴山は大和と河内を結ぶ要衝の地で、松永久秀はこの山上に南北880m、東西600mに及ぶ城郭を築いた。
柳生城
柳生城(やぎゅうじょう)は、奈良県奈良市柳生下町にあった日本の城(山城)。柳生氏の居城。
二俣城
二俣城(ふたまたじょう)は、遠江国豊田郡二俣(静岡県浜松市天竜区二俣町二俣)にあった日本の城(山城)。天竜川と二俣川に挟まれた天嶮に恵まれた中世城郭として名高く、武田信玄・勝頼親子と徳川家康がこの城を巡って激しい攻防を繰り広げた。また、家康の嫡男信康が悲劇の切腹をとげた城としても知られる。城跡は国の史跡に指定されている(指定名称は「二俣城跡及び鳥羽山城跡」)。 本項では二俣城攻略の際に付城として築
政元城
政元城(まさもとじょう)は、岐阜県飛騨市神岡町西にあった日本の城。別名を山田城と称する。江馬氏城館跡を構成する遺跡の一つとして昭和55年(1980年)3月21日に国の史跡に指定された。 越中東街道と数河街道の追分を見下ろす比高40mの山上に築かれている。主郭は東西20m、南北10mで腰曲輪を有し、西側に堀切を挟んで別の曲輪がある。
毛利山城
毛利山城(もうりやまじょう)、または牛ヶ鼻砦(うしがはなとりで)は、岐阜県美濃加茂市愛宕山にあった日本の城(山城)。
天方城
天方城(あまがたじょう)は、遠江国(現在の静岡県周智郡森町向天方)にあった日本の城。山城。「本城」と「新城」が存在し、新城は森町指定史跡。
宇津山城
宇津山城(うつやまじょう、うづやまじょう)は、静岡県湖西市入出にあった戦国時代の日本の城。湖西市入出の浜名湖に突き出した正太寺鼻に位置する宇津山(49.5m)にあり、郭や土塁、武者走り、舟隠し場が残る。正太寺(遠州三十三観音25番札所)の敷地内にある。
武節城
武節城(ぶせつじょう)は、三河国設楽郡(現愛知県豊田市武節町)にあった日本の城(山城)。別名地伏城。豊田市指定史跡。
真弓山城
真弓山城(まゆみやまじょう)は、三河国加茂郡足助庄(現・愛知県豊田市足助町)の真弓山(標高301メートル)にあった日本の城。「真弓山城」「松山城」などが廃城前の呼称で、発掘調査に基づいて一部を復元して「城跡公園足助城」として1993年(平成5年)に公開する際、地元住民の意見により「足助城」と呼ぶようになった。城郭学者の千田嘉博は、戦国時代の山城のイメージを体感できる、まれな施設と評価している。
周山城
周山城(しゅうざんじょう)は、京都府京都市右京区京北周山町(かつての丹波国桑田郡)にあった日本の城。明智光秀の築城で、明智光忠が入ったとされる。
広城
広城(ひろじょう)は、和歌山県有田郡広川町名島・湯浅町別所にあった日本の城(山城)。紀伊国守護・畠山氏の居城である。
三星城
三星城(みつぼしじょう)は、岡山県美作市明見にあった日本の城(山城)。美作市市指定史跡。
徳山城
徳山城 (とくやまじょう)は、山口県周南市にあった徳山藩毛利氏の居城で日本の城。別名は「御舘」、後に「御城」。城の造りは陣屋。初代藩主・毛利就隆。第8代徳山藩主・毛利広鎮の代に城主格となる。
萱生城
萱生城(かようじょう)は、三重県四日市市萱生町字城山にあった戦国時代の日本の城(山城)。文治年間(1186年~1189年)に一帯を支配した北勢四十八家の一つ、春日部氏の春日部宗方が築城した。1568年(永禄11年)に織田信長の北勢侵攻で攻撃を受け、後に落城した。現在城跡は学校法人暁学園の本部となり、わずかに「髪のびの井戸」などの遺構が残る。
大廻小廻山城
大廻小廻山城(おおめぐりこめぐりさんじょう/おおめぐりこめぐりやまじょう、築地山城<ついじさんじょう>)は、備前国上道郡の大廻・小廻山(現在の岡山県岡山市東区草ヶ部・瀬戸町観音寺・瀬戸町笹岡)にあった日本の古代山城。城跡は国の史跡に指定されている。
御着城
御着城(ごちゃくじょう)は、播磨国飾磨郡(のち飾東郡)御着(現・兵庫県姫路市御国野町御着)にあった日本の城。茶臼山の上に築かれた城なので茶臼山城の別名を持ち、さらに、天川を堀の一部として利用していたことから天川城の別名も持つ。
河原城
河原城(かわはらじょう)は、鳥取県鳥取市河原町谷一木にあった日本の城。この城の正式名称は「丸山城」であるが、鳥取市内には丸山城という名の城跡がこの城を含めて3つあり、旧邑美郡に限ってもこの城を含めて2つある。河原城は、後述する天守風建造物が建てられて以後の名称であるが、他2城との混同を避けるため、ここでは河原城と呼称する。
千早城
千早城(ちはやじょう)は、大阪府南河内郡千早赤阪村大字千早にあった日本の城。国の史跡に指定されている。鎌倉時代末期より南北朝時代に存在した楠木正成・築城の城である。四方を絶壁に囲まれ要塞堅固を誇ったといわれる連郭式山城である。金剛山城。
八上城
八上城(やかみじょう)は、兵庫県丹波篠山市にあった中世、室町時代から戦国時代にかけて丹波国の国人である波多野氏が本拠とした日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。別名は八上高城。
吉野城
吉野城(よしのじょう)は、奈良県吉野郡吉野町の吉野山にあった日本の城(山城)。鎌倉時代末期に大塔宮護良親王が、吉野山で挙兵し拠点とした。軍記物語『太平記』では金峯山城とも。本項では『太平記』に登場する吉野城攻防戦および正平3年(1348年)の高師直による吉野行宮への襲撃も述べる。
三石城
三石城(みついしじょう)は、岡山県備前市三石にあった日本の城(山城)。岡山県の史跡に指定されている。
小谷城
小谷城(おだにじょう)は、滋賀県長浜市(旧東浅井郡湖北町伊部、かつての近江国浅井郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。日本五大山城のひとつに数えられる。標高約495mの小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られる城である。 戦国大名浅井氏の居城であり、堅固な山城として知られたが、元亀・天正の騒乱時、4年にわたり織田信長に攻められ落城した。その後、北近江の
平須賀城
平須賀城(へいすがじょう)は、和歌山県日高郡みなべ町西本庄(旧紀伊国日高郡)にあった日本の城(山城)。平須山城(へいすやまじょう)とも呼ばれる。みなべ町指定文化財(「平須賀城跡」)。
常山城
常山城(つねやまじょう)は、岡山県岡山市南区迫川と玉野市宇藤木・用吉・木目にまたがる標高300メートルの常山山頂にあった日本の城(山城)。岡山市指定史跡および玉野市指定史跡。
山垣城
山垣城(やまがいじょう)は、兵庫県丹波市青垣町山垣(旧・丹波国氷上郡)にあった日本の城(山城)。鎌倉時代から安土桃山時代にかけての足立氏の本拠である。万歳城、万歳山城とも呼ばれるが、山垣城の北に位置する別の城も万歳山城と呼ばれる(後述)。
幸山城
幸山城(こうざんじょう)は、岡山県総社市西郡にあった日本の城。城は山頂に福山城のある福山の北にせり出した標高164メートルの尾根上にある。眼下に山陽道を見下ろす要衝である。総社市指定史跡。
天霧城
天霧城(あまぎりじょう)は、香川県善通寺市吉原町と三豊市三野町、仲多度郡多度津町の市町境にあった中世日本の城(山城)。国の史跡。別名雨霧城または尼斬城。讃岐香川氏累代の有事の際の詰城で、平時の居館は多度津町の本台山城東麓にあったとされる。
藤目城
藤目城(ふじめじょう)は、香川県観音寺市粟井町竹成にあった中世日本の城(山城)。別名藤ノ目城。
本台山城
本台山城(もとだいやまじょう)は、香川県仲多度郡多度津町の現桃陵公園一帯にあった日本の城(山城)。別名多度津城。東麓の西側(西方寺、観音堂、墓地、光厳寺周辺)に居館があったとされる。
屋嶋城
屋嶋城(やしまじょう/やしまのき、屋島城)は、香川県高松市の屋島にあった日本の古代山城。伊予総領(伊予など複数の国を管轄した軍政官)の管轄下で築かれたとされている。 城跡は、1934年(昭和9年)11月10日、国の史跡と天然記念物に指定された「屋島」の指定範囲に包含される。屋嶋城敷地跡には四国遍路84番札所の屋島寺がある。
常盤城
常盤城(ときわじょう)は、愛媛県南宇和郡愛南町にあった日本の城(山城)。町の史跡。
港山城
港山城(みなとやまじょう)は、伊予国(現在の愛媛県松山市港山)の、海に面する西側の小丘陵に築かれた河野氏の河野水軍が拠点にした日本の城(山城)。湊山城とも書かれた。 三津の港を見下ろす丘の上にあり、港の警護と監視、有事の際に軍船で出撃するにはうってつけの立地であった。東西に細長く本丸と二の丸が伸びていた。現在は整備されていて面影はないが、かつては海岸線が入り組んでいて島のような状態であったという。
塩吹城
塩吹城(しおふきじょう)は、佐賀県嬉野市塩田町にあった日本の城(山城)。
荒滝山城
荒滝山城(あらたきさんじょう/あらたきやまじょう)は、山口県宇部市荒滝山にあった戦国時代の日本の城(連郭式山城)。荒滝城ともいう。城跡は山口県の史跡に指定されている。
櫛崎城
櫛崎城(くしざきじょう)は、山口県下関市長府宮崎町(長門国豊浦郡)にあった日本の城。串崎城とも表記され、雄山城(かつやまじょう)、長府城、長府陣屋とも称する。
鞍掛山城
鞍掛山城(くらかけやまじょう)は、周防国玖珂郡(現在の山口県岩国市玖珂町鞍掛)にあった日本の城(山城)。
高嶺城
高嶺城(こうのみねじょう)は、山口県山口市上宇野令字高嶺にあった日本の城(山城)。鴻の峰城・鴻之峯城とも記される。国の史跡に指定されている。
佐加利山城
佐加利山城(さかりやまじょう/さがりやまじょう、盛山城・下山城)は、長門国豊浦郡(現在の山口県下関市長府江下町付近)にあった日本の城。
長門城
長門城(ながとじょう/ながとのき)は、長門国にあった日本の古代山城。城跡の所在地は不明。 白村江の戦いでの敗北を契機に築かれた城で、『日本書紀』には天智天皇4年(665年)と天智天皇9年(670年)に長門国に城を築いたとする記録があるが、城名や所在場所に関する情報がないため、地元史家の間で諸説がある。
右田ヶ岳城
右田ヶ岳城(みぎたがたけじょう)は、周防国佐波郡右田(山口県防府市)にあった日本の城(山城)。
蓮華山城
蓮華山城(れんげやまじょう)は、周防国玖珂郡(現在の山口県岩国市周東町)にあった日本の城(山城)。
若山城
若山城(わかやまじょう)は、周防国都濃郡富田(現山口県周南市)にあった日本の城(山城)。守護大名大内氏の親族であり歴代その重臣でもあった陶氏の本城である。県指定文化財。
夷山城
夷山城(えびすやまじょう)は、徳島県徳島市八万町夷山にあった日本の城。
仁宇城
仁宇城(にうじょう)は、徳島県那賀郡那賀町仁宇・和食(わじき)にあった日本の城。別名は和食城、仁宇山城。
作山城
作山城(つくりやまじょう)は、香川県高松市香西南町にあった日本の城。
昼寝城
昼寝城(ひるねじょう)は、香川県さぬき市前山にあった日本の城(山城)。さぬき市指定史跡。
岡豊城
岡豊城(おこうじょう)は、高知県南国市にあった中世の日本の城(山城)。戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城であった。城跡は国の史跡に指定されている。
一之森城
一之森城(いちのもりじょう)は、愛媛県北宇和郡鬼北町にあった日本の城(山城)。
永納山城
永納山城(えいのうさんじょう)は、伊予国桑村郡の永納山・医王山(現在の愛媛県西条市河原津・楠、今治市孫兵衛作(まごべえさく)) にあった日本の古代山城。城跡は国の史跡に指定されている。
河後森城
河後森城(かごもりじょう)は、愛媛県北宇和郡松野町松丸にあった日本の城(山城)。国の史跡。
甲之森城
甲之森城(かぶとのもりじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。標高451mの山頂にあり、周囲は平地となっている。
生子山城
生子山城(しょうじやまじょう)は、愛媛県新居浜市立川町にあった日本の城。曹洞宗瑞應寺 (新居浜市)がある。
白木城
白木城(しらきじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。 富野川、片川、宇和川に囲まれた標高357mの山頂にあり、周囲は絶壁となっていた。宇都宮乗綱ら伊予宇都宮氏が城主を務め、落城後は禅門に入ったという。
天ヶ森城
天ヶ森城(てんがもりじょう)は、愛媛県宇和島市にあった日本の城(山城)。
法華津本城
法華津本城(ほけづほんじょう)は、愛媛県宇和島市にあった日本の城(山城)。宇和島市指定史跡。
三滝城
三滝城(みたきじょう)は、愛媛県西予市にあった日本の城(山城)。
竜ヶ森城
竜ヶ森城(りゅうがもりじょう)は、愛媛県西予市城川町魚成にあった日本の城(山城)。龍ヶ森城、隆ヶ森城とも書く。
怡土城
怡土城(いとじょう / いとのき)は、筑前国怡土郡の高祖山(現在の福岡県糸島市高来寺・大門・高祖)にあった日本の古代山城(分類は中国式山城)。城跡は国の史跡に指定されている。
岩屋城
岩屋城(いわやじょう)は、福岡県太宰府市浦城(筑前国御笠郡)にあった日本の城(山城)。戦国時代末期の天正14年(1586年)、島津忠長率いる島津軍と大友軍の高橋紹運との壮絶な攻防戦(岩屋城の戦い)で知られる。
有智山城
有智山城(うちやまじょう)は、福岡県大宰府市内山にあった日本の城。
岩石城
岩石城(がんじゃくじょう)は、福岡県田川郡添田町添田1788番地の2にあった日本の城。標高454mの岩石山山頂を主郭とした山城であった。
古処山城
古処山城(こしょさんじょう)は、福岡県朝倉市野鳥にあった日本の城(山城)。秋月氏の本拠地であった。
住厭城
住厭城(「すみあきじょう」または「すみあくじょう」)は、福岡県久留米市御井町にあった日本の城(山城)。
東光寺城
東光寺城(とうこうじじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
別所城
別所城(べっしょじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
妙見城
妙見城(みょうけんじょう)は、福岡県うきは市にあった日本の城(山城)。
吉見岳城
吉見岳城(よしみだけじょう)は、福岡県久留米市にあった日本の城(山城)。
おつぼ山城
おつぼ山城(おつぼやまじょう)は佐賀県武雄市に所在する古代山城。国の史跡に指定されている。
帯隈山城
帯隈山城(おぶくまやまじょう)は佐賀県佐賀市に所在する古代山城。国の史跡に指定されている。
勝尾城
勝尾城(かつのおじょう)は、佐賀県鳥栖市河内町にあった日本の城(山城)。本城の勝尾城、鬼ヶ城、高取城、葛籠城、鏡城、若山砦等の支城群と当主の居館跡、家臣団屋敷跡、寺社跡、町屋跡で構成されたエリアは「勝尾城筑紫氏遺跡」として国の史跡に指定されている。
岸岳城
岸岳城(きしたけじょう)は、佐賀県唐津市相知町佐里・北波多岸山にあった日本の城(山城)。もともとは鬼子岳城と書いた。佐賀県指定史跡。
仁比山城
仁比山城(にいやまじょう)は、佐賀県神埼市にあった日本の城(山城)。
三瀬城
三瀬城(みつせじょう)は、佐賀県佐賀市三瀬村にあった日本の城(山城)。
金田城
金田城(かねだじょう/かなたのき/かねたのき)は、長崎県対馬市美津島町黒瀬(対馬国下県郡)にあった日本の古代山城(分類は朝鮮式山城)。城跡は国の特別史跡に指定されている。
釜蓋城
釜蓋城(かまぶたじょう)は、長崎県雲仙市にあった日本の城。有馬氏家臣・千々石淡路守直員(千々石ミゲルの実父)が城主を務めた。標高154メートルの山城である。雲仙市指定史跡。
鶴亀城
鶴亀城(つるかめじょう)は、長崎県雲仙市国見町にあった日本の城(山城)。東西350メートル×南北450メートルの大きな山城跡である。別名神代城・蓑鶴城。
堅志田城
堅志田城(かたしだじょう)は、熊本県下益城郡美里町にあった中世の日本の城(山城)。 熊本県下益城郡美里町尾根筋、標高256mに位置する。集落からの比高は約160mで、最高所に平坦地があり東半分は削平されている。南西および北西の集落に延びる尾根には計3条の堀切が設けられた。
花の山城
花の山城(はなのやまじょう)は、熊本県宇城市にあった中世の日本の城(山城)。 宇城市豊野町の娑婆神峠の南山頂、標高229mに位置する。山頂部分は楕円状の平坦地で、東西の斜面に幅6mの曲輪が2段、他に削落しの跡がある。
本渡城
本渡城(ほんどじょう)は、熊本県天草市にあった中世の日本の城(山城)。
朝日嶽城
朝日嶽城(あさひだけじょう)は、大分県佐伯市宇目大字塩見園(豊後国海部郡)にあった戦国末期の日本の城(山城)。
高崎山城
高崎山城(たかさきさんじょう)は、大分県大分市の高崎山にあった日本の城。高崎城とも呼ばれる。
栂牟礼城
栂牟礼城(とがむれじょう)は、大分県佐伯市弥生(旧南海部郡弥生町)大字井崎上小倉にあった日本の城(山城)。大永年間(1521年-1528年)に佐伯惟治によって栂牟礼山に築かれたとされる。
永山城
永山城(ながやまじょう)は、大分県日田市丸山町にあった日本の城。小川氏築城時は丸山城(まるやまじょう)と呼ばれた。別名、豆田城(『豊城世譜』)、月隈城(つきくまじょう)ともいう。この「月隈城」の呼称については、『豊後国志』巻之八にみられる。以下は、日田陣屋を併記する。
天ヶ城
天ヶ城(あまがじょう)は、宮崎県宮崎市高岡町内山にあった日本の城(山城)。別名高岡城(たかおかじょう)・麓城(ふもとじょう)。旧名内山城(うちやまじょう)。伊東四十八城の一つ。宮崎市指定史跡。
大河平城
大河平城(おこびらじょう)は、宮崎県えびの市大河平元屋敷にあった日本の城(山城)。
亀頭山城
亀頭山城(きとうさんじょう)、または亀頭城(きとうじょう)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町大字河内字染田にあった安土桃山時代の日本の城。三田井氏勢力下の山城で「高千穂48塁」の1つ。
曽井城
曽井城(そいじょう)は、宮崎県宮崎市大字恒久(つねひさ)にあった日本の城(山城)。伊東四十八城の1つ。
大明神城
大明神城(だいみょうじんじょう)は、宮崎県えびの市大明司にあった砦(日本の城)。別名小城、或いは大明司塁で、『飯野古事記』には山城ともある。
徳満城
徳満城(とくみつじょう)は、宮崎県えびの市東川北にあった日本の城(山城)。
丸野城
丸野城(まるのじょう)は、宮崎県宮崎市大字鏡洲(かがみず)小字丸野にあった日本の城(山城)。築城者・築城年代とも不明。双石山(ぼろいしやま)から派生した山にあり、古くから「じょうやま」と呼ばれていたという以外、城についての記録がない。
一宇治城
一宇治城(いちうじじょう)は、鹿児島県日置市伊集院町大田(薩摩国伊集院)にあった中世の日本の城(山城)。
清色城
清色城(きよしきじょう)は、鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
志布志城
志布志城(しぶしじょう)は、鹿児島県志布志市志布志町(日向国諸県郡救仁院志布志)にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。
橘木城
橘木城(たちばなきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。橘城、橘之城、曽於郡城、剣之宇都城(けんのうとじょう)、神山城とも呼ばれる。
知覧城
知覧城(ちらんじょう)は、鹿児島県南九州市知覧町永里にあった日本の城(中世山城)。国の史跡に指定されている。
東福寺城
東福寺城(とうふくじじょう)は、鹿児島県鹿児島市清水町(薩摩国鹿児島郡清水馬場町)にあった日本の城(山城)。平安時代に築城され江戸時代の初期に廃城となった。 現在は多賀山公園として整備されている。
姫木城
姫木城(ひめきじょう)は、鹿児島県霧島市の国分平野北部にあった日本の城(山城)。比売之城(ひめのき)、比売奴城、比売妓城、熊襲城とも呼ばれる。
角館城
角館城(かくのだてじょう)は、秋田県仙北市の角館地域にあった日本の城(山城)。別名、小松山城。戦国時代に戸沢氏の本拠地があったことで知られている。
向羽黒山城
向羽黒山城(むかいはぐろやまじょう)は、陸奥国(福島県大沼郡会津美里町)にあった日本の城(日本最大級の山城)。城跡は国の史跡に指定されている。
岩櫃城
岩櫃城(いわびつじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。吾妻川北岸の岩櫃山中腹に位置し、戦国期に、上杉謙信に従う斉藤氏と、武田信玄に従う真田氏が当地をめぐり争った。最終的には真田信之の支配下に収まり、慶長19年(1614年)に廃城となった。国の史跡に指定されている。
児山城
児山城(こやまじょう)は、栃木県下野市下古山(下野国都賀郡児山郷)にあった日本の城。本丸跡の堀と土塁が残り、栃木県の史跡に指定されている。児山氏がおよそ10代にわたって拠った城であるが、文献記録に乏しく、謎の城とされてきた。
丸森城
丸森城(まるもりじょう)は、宮城県伊具郡丸森町渕ノ上(陸奥国伊具郡)にあった日本の城。現地の案内板などでは「丸山城」として紹介されているが、仙台藩の公式記録である『性山公治家記録』には「丸森城」とある。城は阿武隈川南岸の渕ノ上に在し、阿武隈川支流の五福谷川が城の西側を回り込む。
根添城
根添城(ねぞえじょう)、または根添館(ねぞえたて)は、宮城県仙台市太白区坪沼地区にあった日本の城(山城)。陸奥国の豪族安倍氏の支城として用いられた。
八丁目城
八丁目城(はっちょうめじょう)は、福島県福島市松川町にあった戦国時代の城館(日本の城)。現在、山頂には愛宕神社、八幡神社が祀られている。山城としては保存状態が良く、土塁の跡が多数確認できる。
円山城
円山城(まるやまじょう)愛知県豊田市御蔵町に所在する中世城館跡である。 阿摺川南岸の尾根を利用し、中心の主郭と東西に堀切及び曲輪を配置した連郭式山城である。
月ヶ谷城
月ヶ谷城(わちがやじょう)は、愛知県豊橋市嵩山町にあった戦国時代の日本の城(山城)。五本松城へ移転するまで、三河西郷氏の本城であった。
安濃城
安濃城(あのうじょう)は、三重県津市安濃町安濃字城山にあった日本の城(山城)。主郭跡にある阿由多神社に奉納された大般若経600巻は津市の指定有形文化財に指定されている。
家城城
家城城(いえきじょう)は、三重県津市にあった日本の城(山城)。
大河内城
大河内城(おかわちじょう)は、三重県松阪市大河内町城山にあった日本の城(山城)。城は丘陵の北端に築造されており、東に阪内川、北に矢津川、西側と南側には深い谷が入り自然の要害であった。築城主は北畠満雅。
宇佐山城
宇佐山城(うさやまじょう)は、滋賀県大津市南滋賀町にあった中世の日本の城(山城)。湖西周りで京都に向かうには避けては通れない位置にあった。
佐和山城
佐和山城(さわやまじょう)は、近江国坂田郡(滋賀県彦根市)の佐和山にあった中世中期から近世初期にかけての日本の城(山城)。現・佐和山城址。 坂田郡および直近の犬上郡のみならず、織豊政権下において畿内と東国を結ぶ要衝として、軍事的にも政治的にも重要な拠点であり、16世紀の末には織田信長の配下の丹羽長秀、豊臣秀吉の奉行石田三成が居城とし、関ヶ原の合戦後は井伊家が一時的に入城したことでも知られる。
八幡山城
八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市宮内町周辺(近江国蒲生郡)にあった日本の城(山城)。羽柴秀次の居城として知られる。別名近江八幡城とも呼ばれている。
水茎岡山城
水茎岡山城(みずぐきおかやまじょう)は、滋賀県近江八幡市牧町にあった日本の城。岡山城、尾山城、九里城とも呼ばれる。
箕作城
箕作城(みつくりじょう)は、滋賀県東近江市五個荘山本町箕作山の山上にあった六角氏の城館(日本の城)。
水口岡山城
水口岡山城(みなくちおかやまじょう)は、滋賀県甲賀市水口町水口にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
嵐山城
嵐山城(あらしやまじょう)は、山城国葛野郡(京都府京都市西京区)の嵐山山頂にあった日本の城。約500年前頃の戦国時代に造られた典型的かつ大規模な山城のひとつで、当時は嵯峨城とも呼ばれた。
宇治田原城
宇治田原城(うじたわらじょう)は、山城国宇治田原(京都府綴喜郡宇治田原町)にあった城館(日本の城)。土豪・山口甚助の館。別名山口城。
数掛山城
数掛山城(かずけやまじょう)は、現在の京都府亀岡市本梅町西加舎(旧・丹波国桑田郡)にあった日本の城。
将軍山城
将軍山城(しょうぐんやまじょう)は、京都府京都市左京区北白川清沢口町(山城国愛宕郡)の瓜生山(標高301メートル)にあった戦国時代の日本の城(山城)。別名北白川城(きたしらかわじょう)、瓜生山城(うりょうさんじょう)、勝軍地蔵山城(しょうぐんじぞうやまじょう)とも呼ばれている。
淀城
淀城(よどじょう)は、山城国久世郡淀(京都府京都市伏見区淀本町)にあった日本の城。現在は本丸の石垣と堀の一部が残っている。江戸時代には久松松平家、戸田氏、稲葉氏など譜代大名が居城した。
上赤坂城
上赤坂城(かみあかさかじょう)は、大阪府南河内郡千早赤阪村上赤阪にあった日本の城。「上赤阪城」と書くこともある。別名、楠木城。小根田城、桐山城とも言う。楠木七城の一つ。
千石堀城
千石堀城(せんごくぼりじょう)は、大阪府貝塚市橋本にあった日本の城(山城)。
土丸城
土丸城(つちまるじょう)、または槌丸城は、大阪府泉佐野市土丸の城ノ山(じょうのやま)にあった南北朝時代の日本の城(山城)。南朝・北朝間での激しい争奪の舞台となった。2013年(平成25年)10月17日、隣接する泉南郡熊取町の雨山城と共に「土丸・雨山城」として国の史跡・日根荘遺跡の一部に加えられた。
籾井城
籾井城(もみいじょう)は、丹波国多紀郡東部(現在の兵庫県丹波篠山市福住)にあった日本の城(山城)。安田城、福住城、福住古城とも呼ばれる。
感状山城
感状山城(かんじょうさんじょう)は、兵庫県相生市矢野町瓜生にあった日本の城。「赤松氏城跡」の一部として国の史跡に指定されている。
上月城
上月城(こうづきじょう)は、兵庫県佐用郡佐用町(旧上月町)にあった日本の城(山城)。
善防山城
善防山城 (ぜんぼうさんじょう)は、室町時代に現在の兵庫県加西市三口町の善防山(標高251m)にあった日本の城(山城)。
満久城
満久城(まくじょう)は、現在の兵庫県加西市満久町、別所町、和泉町の三町境界に位置する蛤山(標高196m)にあった日本の城(山城)。
妙見山城
妙見山城(みょうけんさんじょう)は、現在の兵庫県加西市谷口町と福居町の境にある妙見山(標高153.3m)にあった日本の城(山城)。築城年代、築城者、縄張り等は不明。現在、山麓の居館跡に城主の娘の石碑がある。
利神城
利神城(りかんじょう)は、播磨国佐用郡平福(兵庫県佐用郡佐用町平福)にあった日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。平福は朝霧の名所であり、江戸時代初期には天守がありその姿が霧の上に浮かんだ偉容から雲突城とも呼ばれた。
宇陀松山城
宇陀松山城(うだまつやまじょう)は、大和国宇陀郡(現在の奈良県宇陀市)にあった日本の城。平成18年(2006年)に国の史跡に指定されている。旧名は阿紀山城/秋山城(あきやまじょう)や神楽岡の城(かぐらおかのしろ)ともいった。 城下町は重要伝統的建造物群保存地区に商家町として選定されており、現在も優美な町並みを残している。松山 (宇陀市)参照。
大平尾城
大平尾城(おびらおじょう)は、奈良県奈良市大平尾町にかつてあった古市氏の砦となった日本の城(山城)。
北田原城
北田原城(きたたはらじょう)は、奈良県生駒市北田原町(旧大和国添下郡)にあった日本の城(山城)。かつては田原城や田原塁と呼ばれたが、大阪府四條畷市の田原城(南西1.7キロメートルの地点に所在)と区別するため、2024年現在では北田原城と呼ばれている。
椿井城
椿井城(つばいじょう)は、奈良県生駒郡平群町椿井にあった日本の城(山城)。椿井山城とも呼ばれる。
鉢伏城
鉢伏城(はちぶせじょう)は、奈良県奈良市鉢伏町にかつてあった古市氏の居城となった日本の城(山城)。古市山ノ城とも呼ばれる。
万歳山城
万歳山城(まんざいやまじょう)は、奈良県葛城市(旧・大和国葛下郡)にあった日本の城(山城)。万歳城とも呼ばれるが、中世史料に現れる「万歳城」は4.3キロメートル東の万歳平城を指す。
峰ヶ城
峰ヶ城(みねがじょう)は、鹿児島県薩摩川内市高江町にあった日本の城。別名峰山城、高江城。
虎城山城
虎城山城(こじょうやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県東牟婁郡串本町古座)にあった日本の城。別名は古座浦城。
雑賀城
雑賀城(さいかじょう)は、和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目付近にあった戦国時代の日本の城(丘城)。妙見山城とも呼ばれた。
猿岡山城
猿岡山城(さるおかやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県紀の川市粉河)にあった日本の城。別名、粉河城。
手取城
手取城(てどりじょう)は、紀伊国(和歌山県日高郡日高川町和佐)にあった日本の城(山城)。遺構としては石垣、堀の跡が残されている。 南北朝時代、日高郡東部に鶴ヶ城を築いて大和国から日高川の上流地域にかけてこの地を支配していた玉置大宣が、日高川下流の山崎城主川上則秋を攻め滅ぼしてのち、山崎城の東方の現、城山の山頂に当城を築く。以後、玉置氏の居城となる。 その後は亀山城の湯川氏とともに日高地方を二分する
広保山城
広保山城(ひろほやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県有田郡湯浅町)にあった日本の城。
和佐山城
和佐山城(わさやまじょう)は、和歌山県和歌山市禰宜にあった日本の城。別名は城ヶ峯。
桐山城
桐山城(きりやまじょう)は、鳥取県岩美郡岩美町浦富にあった日本の城。浦富海岸の背後にそびえる標高203mの木山に築城された。但馬から因幡にかけての海岸線に多く存在する海賊城の一つで、但馬・因幡の海上交通路を扼する要衝だった。
布勢天神山城
布勢天神山城(ふせてんじんやまじょう)は、因幡国高草郡(現在の鳥取県鳥取市湖山町南、布勢)にあった日本の城(丘城)で、戦国期の因幡国守護所とされる。布勢は布施とも表記される。鳥取県指定史跡(史跡名は「天神山城跡」)。
二上山城
二上山城(ふたがみやまじょう)は、鳥取県岩美郡岩美町岩常にあった日本の城。南北朝時代から室町時代中期にかけての因幡国の守護所だった。鳥取県指定史跡。
不動ガ嶽城
不動ガ嶽城(ふどうがだけじょう)は、鳥取県日野郡日野町にあった日本の城。黒坂から滝山神社に向かう途中、左手の山上、岩壁が露出する場所が城跡である。
新山城
新山城(しんやまじょう)、または真山城は、島根県松江市法吉町にあった日本の城。
十神山城
十神山城(とかみやまじょう)は、島根県安来市新十神町にあった日本の城。
檜ヶ山城
檜ヶ山城(ひがせんじょう / ひのきがせんじょう)は、島根県出雲市多久町にあった日本の城。
二ツ山城
二ツ山城(ふたつやまじょう)は、島根県邑智郡邑南町鱒渕にあった日本の城。石見国の中では益田市の七尾城に次いで古い山城である。邑南町指定史跡。
山吹城
山吹城(やまぶきじょう)は、石見国(現:島根県大田市大森町)にあった日本の城(山城)。石見銀山防衛のため築城された。城跡は国の史跡「石見銀山遺跡」の範囲に含まれている。
冠山城
冠山城(かんむりやまじょう)は、岡山県岡山市下足守にあった日本の城。 足守川東岸にある標高40mほどの独立丘陵上に位置し、丘陵全てを城郭に利用していたと考えられる。 現在、最上段に本丸跡があり、城地の名残をよくとどめている。 二の丸・三の丸跡は畑地となっている。 天正10年、羽柴秀吉の高松城攻めの前哨戦で攻められ、4月25日、宇喜多勢の攻撃により、守将林重真が自害して陥落した。
倉敷城
倉敷城(くらしきじょう)は、岡山県倉敷市本町(備中国窪屋郡倉敷村)にあった日本の城。倉敷山城(くらしきやまじょう)、小野城(おのじょう)、小野ヶ城(おのがじょう)とも呼ばれる。
物理城
物理城(もとろいじょう)は、岡山県岡山市東区瀬戸町坂根(備前国磐梨郡)にあった日本の城。別名城ヶ谷山城。
梁場山城
梁場山城(やなばやまじょう)は、備中国浅口郡(岡山県倉敷市)船穂町柳井原殿坂にあった日本の城(山城)。築城年数は不明である。
古城山城
古城山城(こじょうやまじょう)は、広島県三次市和知町にあった日本の城(山城)。国広山にある築城年代の異なる4つの城群の1つ。
五龍城
五龍城(ごりゅうじょう)は、広島県安芸高田市甲立にあった日本の城(山城)。広島県指定史跡。
志川滝山城
志川滝山城(しかわたきやまじょう)は、戦国時代に備後国(現在の広島県福山市)にあった日本の城(山城)。
多治比猿掛城
多治比猿掛城(たじひさるがけじょう)は、広島県安芸高田市にあった日本の城。「毛利氏城跡 多治比猿掛城跡 郡山城跡」として、吉田郡山城と共に国の史跡に指定されている。
常城
常城(つねじょう/つねき)は、備後国芦田郡にあった日本の古代山城。城跡の所在地は不明。 記録としては『続日本紀』元正天皇養老3年(719年)12月の条に「備後国安那郡の茨城、葦田郡の常城を停む」とあるのみで、正確な築城時期や位置は明らかとなっていない。
南天山城
南天山城(なんてんざんじょう)は、備後国三谿郡(広島県三次市吉舎町)にあった日本の城(山城)。吉舎の市街地と馬洗川を隔ててすぐ西のところに位置する、南天山に広がって残り、戦国時代のこの地方を代表する本格的なものである。
賀年城
賀年城(かねじょう)は、長門国阿武郡嘉年(山口県山口市阿東嘉年下)の勝山にあった日本の城(山城)。別名勝山城。
新高山城
新高山城(にいたかやまじょう)は、広島県三原市本郷町にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(173番)に選定された。
二ッ山城
二ッ山城(ふたつやまじょう)は、広島県三次市和知町字尾越(おごえ)及び庄原市山内(やまのうち)町字尾引(おびき)の二ッ山(標高382メートル)にあった日本の城。
御薗宇城
御薗宇城(みそのうじょう)は、安芸国高屋保(広島県東広島市高屋町高屋堀)にあった日本の城(山城)。史跡指定名称「平賀氏の遺跡」の1つとして、頭崎城・白山城と共に県の指定史跡。
元木山城
元木山城(もときやまじょう)は、東京都町田市能ヶ谷にあった日本の城。
浦賀城
浦賀城(うらがじょう)は、神奈川県横須賀市東浦賀にあった戦国時代末期の日本の城(山城)。 城跡は浦賀港の入り口である叶神社(東叶神社)境内の明神山にあり、浦賀水道から房総半島が一望できる。
岡津城
岡津城(おかづじょう)は、神奈川県横浜市泉区岡津町(相模国鎌倉郡)にあったとされる室町時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。
権現山城
権現山城(ごんげんやまじょう)は、神奈川県横浜市神奈川区幸ケ谷にあった日本の城。
佐原城
佐原城(さわらじょう)は、神奈川県横須賀市佐原3丁目にあった日本の城(山城)。相模国の豪族三浦氏一門、三浦義明の子、佐原義連の居城と伝わる。
小国沢城
小国沢城(おぐにさわじょう)は、新潟県長岡市小国町楢沢字菅沼ほかにあった日本の城(山城)。小松入城(こまついりじょう)・菅沼城(すがぬまじょう)ともいう。この山城単体を指して「小国城」(おぐにじょう)と呼ぶ事もあるが、行政上の遺跡(埋蔵文化財包蔵地)としては西麓の小国氏居館推定地が小国城と呼ばれている。なお、小国氏居館・小国沢城と、周囲の山城群をも一括して「小国城」とする意見がある。
栃尾城
栃尾城(とちおじょう)は、越後国古志郡栃尾(現在の新潟県長岡市栃尾地域)にあった城。別名舞鶴城、大野城。標高228mの鶴城山に築かれた戦国時代の典型的な山城である。新潟県指定史跡。
根知城
根知城(ねちじょう)は、新潟県糸魚川市根知谷区にあった日本の城(複合型山城)。新潟県指定史跡。
平林城
平林城(ひらばやしじょう)は、新潟県村上市平林にあった日本の城。阿賀北地方の有力な領主であった色部氏の居城として知られる山城で、国の史跡に指定されている。
一乗寺城
一乗寺城(いちじょうじじょう)は、富山県小矢部市八講田にあった日本の城(山城)。小矢部市指定史跡。とやま城郭カードNo.45。
下梨城
下梨城(しもなしじょう)は、富山県南砺市下梨にあった戦国時代の日本の城(山城)。藤井城とも。
富崎城
富崎城(とみさきじょう)は、富山県富山市婦中町富崎にあった日本の城(山城)。1441年(嘉吉元年)に神保八郎左衛門が築いたという。戦国時代には「滝山城」と呼ばれていた。とやま城郭カードNo.21。
増山城
増山城(ますやまじょう)は、富山県砺波市、かつての越中国砺波郡・射水郡・婦負郡の三郡境付近にあった日本の城(山城)。旧名、和田城。国の史跡。とやま城郭カードNo.38。続日本100名城。
石動山城
石動山城(せきどうさんじょう、いするぎやまじょう)は、能登国鹿島郡石動山(現・石川県鹿島郡中能登町石動山)にあった日本の城(山城)。七尾城の南、能越国境の荒山城の東に位置した。なお、石動山は国の史跡に指定されている。
鳥越城
鳥越城(とりごえじょう)は、石川県白山市三坂町(旧石川郡鳥越村)にあった日本の城(山城)。大日川を挟んだ対岸に位置する二曲城(ふとげじょう)とともに国の史跡に指定されている。史跡指定名称は「鳥越城跡 附(つけたり) 二曲城跡」。
日谷城
日谷城(ひのやじょう)は、石川県加賀市にあった日本の城(山城)。日屋城、檜屋城、檜ノ屋城などとも書かれる。 直下川と日谷川の合流点の東にある標高118mの丘陵に位置し、北西約4kmの所にある大聖寺城の支城として運用された。約10個の郭が堀や土塁などで囲まれ、主郭は一辺40m程であった。また、北側の尾根にも小郭群があったという。
国吉城
国吉城(くによしじょう)は、若狭国三方郡佐柿村(現・福井県三方郡美浜町佐柿)にあった日本の城(山城)。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる。
玄蕃尾城
玄蕃尾城(げんばおじょう)は、福井県敦賀市刀根と滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬の県境にあった日本の城(山城)。内中尾山の山頂にあり内中尾山城ともいう。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いにおいて、柴田勝家の本陣が置かれた。平成11年(1999年)7月13日に「玄藩尾城(内中尾山城)跡」として国の史跡に指定されている。また2017年(平成29年)4月6日、「続日本100名城」(140番)に選定された。
杣山城
杣山城(そまやまじょう)は、福井県南条郡南越前町大字瓜生にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
疋壇城
疋壇城(ひきだじょう)は、福井県敦賀市疋田にあった日本の城(山城)。越前の戦国大名であった朝倉氏の近江・越前国境守備の役割を担っていた。別名・塩山城(えんざんじょう)。また疋田城と表記されることもある。1954年(昭和29年)12月3日付けで福井県の史跡に指定されている。
槇山城
槇山城(まきやまじょう)は、福井県福井市小路町・安原町・栃泉町にあった日本の城。別名東郷城(とうごうじょう)・東郷槇山城(とうごうまきやまじょう)。福井市指定史跡。
岩殿山城
岩殿山城(いわどのやまじょう)は、山梨県大月市賑岡町にあった日本の城。標高634メートルの岩殿山に築かれた山城。 甲斐国都留郡の国衆小山田氏の居城とされ、戦国時代には東国の城郭の中でも屈指の堅固さを持っていたことで知られた。山梨県指定史跡(指定名称は「岩殿城跡」)。
谷戸城
谷戸城(やとじょう)は、山梨県北杜市大泉町谷戸にあった日本の城(城郭)。形式は山城。谷戸城跡の名称で国の史跡に指定されている。
入山城
入山城(いりやまじょう)、または新山城(あらやまじょう)は、長野県千曲市にある日本の城跡。千曲市指定史跡に指定されている。
上原城
上原城(うえはらじょう)は、信濃国諏訪郡(長野県茅野市茅野上原)にあった中世の日本の城(山城)。支城の桑原城と併せて長野県指定史跡「諏訪氏城跡」に指定。
内山城
内山城(うちやまじょう)は、長野県佐久市内山にあった日本の城(山城)。
刈谷原城
刈谷原城(かりやはらじょう)、または鷹巣根城(たかすねじょう)は、長野県松本市刈谷原町にあった日本の城(山城)。
佐野山城
佐野山城(さのやまじょう)、または佐野城(さのじょう)は、長野県千曲市桑原の佐野地籍にあった山城である。桑原氏の築城と伝承されている。
埴原城
埴原城(はいばらじょう)は、長野県松本市にあった日本の城。県指定史跡「小笠原氏城跡」を構成する山城群(埴原城跡、山家城跡、桐原城跡、林小城跡)の一つ。
妙義山城
妙義山城(みょうぎさんじょう)は、長野県塩尻市洗馬にあった日本の城。標高は890メートル。長野県指定史跡。
望月城
望月城(もちづきじょう)は、長野県佐久市にあった日本の城(山城)。
矢筒城
矢筒城(やづつじょう)は、長野県飯綱町にあった日本の城(山城)。
鷲尾城
鷲尾城(わしおじょう)は、信濃国埴科郡(長野県千曲市)にあった日本の城(山城)。
割ヶ嶽城
割ヶ嶽城(わりがたけじょう)は、長野県上水内郡信濃町大字富濃の「城山」に築かれた中世から戦国時代の日本の城(山城)。築城者や築城年代といった詳細は不明。
伊木山城
伊木山城(いぎやまじょう)は、岐阜県各務原市小伊木4丁目にあった戦国・安土桃山時代の日本の城(山城)。伊木山の山頂にある。
小島城
小島城(おじまじょう)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合にあった日本の城(山城)。
小里城
小里城(おりじょう)は、岐阜県瑞浪市にあった日本の城(山城)。
加治田城
加治田城(かじたじょう)は、戦国時代の美濃国加茂郡(岐阜県加茂郡富加町加治田)にあった日本の城。本名却敵城(きゃくてきじょう)。別名・加治田山城。山の名前としては加治田山や古城山、あるいは白華山と呼ばれた。現在は山全体を梨割山という。
久々利城
久々利城(くくりじょう)は、岐阜県可児市にあった日本の城(山城)。
小鷹利城
小鷹利城(こたかりじょう)は、岐阜県飛騨市河合町稲越にあった中世の日本の城(山城)。別名・小鷹狩城。姉小路家向氏が築城した。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。持城に向小島城がある。
小寺城
小寺城(こでらじょう)は、美濃国池田郡小寺(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城。池田山城とも呼ばれる。稲葉塩塵(いなば えんじん)が築き、稲葉氏三代の居城であった。
三仏寺城
三仏寺城(さんぶつじじょう)は、岐阜県高山市三福寺町にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
信田ノ丸城
信田ノ丸城(しだのまるじょう)は、山口県宇部市奥万倉(おくまぐら)城南にあった戦国時代の日本の城(山城)。宇部市指定史跡。
霜降城
霜降城(しもふりじょう)は、山口県宇部市の中央に位置する霜降山にあった南北朝時代頃の日本の城(山城)。山口県の県指定文化財・史跡である。
妻木城
妻木城(つまぎじょう)は、岐阜県土岐市妻木町上郷にあった日本の城(山城)。岐阜県指定史跡。
土田城
土田城(どたじょう)は、岐阜県可児市土田にあった日本の城(山城)。
一柳城
一柳城(ひとつやなぎじょう)、または大洞城(おおぼらじょう)は、岐阜県関市(美濃国武儀郡富之保一柳)にあった日本の城(山城)。津保城(つぼじょう)とも言う。
松尾山城
松尾山城(まつおやまじょう)は、岐阜県不破郡関ケ原町松尾の松尾山山頂に築かれた戦国時代の日本の城(山城)。関ケ原の戦いにおいて小早川秀秋が陣を敷いたことでも知られる。関ケ原町指定史跡。
三井城
三井山城(みいやまじょう)は、岐阜県各務原市三井山町にあった室町・戦国時代の日本の城。別名三井城。標高108.8mの三井山の山頂にある。
向小島城
向小島城(むかいこじまじょう)は、岐阜県飛騨市にあった日本の城(山城)。別名信包城。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。姉小路家向氏の本城。
方ノ上城
方ノ上城(かたのかみじょう)は、静岡県焼津市策牛・方ノ上にあった日本の城(山城)。戦国時代に起きた今川氏のお家騒動である花倉の乱の舞台となった。
上山田付城
上山田付城(かみやまだつけじろ)は、伊豆国田方郡韮山(静岡県伊豆の国市韮山金谷)にあった戦国時代の日本の城(山城)。
久能城
久能城(くのうじょう)または久能山城(くのうざんじょう)は、静岡県静岡市駿河区根古屋(ねごや)にあった日本の城。現在は久能山東照宮となっている。
光明城
光明城(こうみょうじょう)は、遠江国にあった戦国時代の日本の城(山城)。
徳願寺山城
徳願寺山城(とくがんじやまじょう)は、静岡県静岡市駿河区丸子・向敷地にある徳願寺山にあった日本の城(山城)。同城についての伝承や史料はほとんど無く、城主や年代などに不明な点が多い。
三岳城
三岳城(みたけじょう)、または三嶽城は、静岡県浜松市浜名区引佐町三岳にあった日本の城跡(山城)。標高467メートルの三岳山の山頂にあり、井伊氏の戦時における本城であった。城跡は1944年(昭和19年)3月7日に国の史跡に指定されている。
宮島城
宮島城(みやじまじょう)、または宮島の城山(みやじまのしろやま)は、静岡県藤枝市岡部町宮島にあった中世の日本の城(山城)。
北外山城
北外山城(きたとやまじょう)は、愛知県小牧市にあった日本の城(平城)。
山中城
山中城(やまなかじょう)は、静岡県三島市山中新田(伊豆国田方郡山中)にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡に指定されている。
大給城
大給城(おぎゅうじょう)は、愛知県豊田市大内町にあった日本の城(山城)。2000年(平成12年)2月4日付で「松平氏遺跡」の1つとして国の史跡に指定されている。
大槌城
大槌城(おおつちじょう)は、岩手県上閉伊郡大槌町大槌城山にあった日本の城(山城)。室町時代に大槌次郎が築城して以後、代々大槌氏の居城と伝わる。別名は浜崎館、または古館。岩手県指定史跡。
石巻城
石巻城(いしのまきじょう、または日和山城)は宮城県石巻市の日和山にあった中世の城である。
岩切城
岩切城(いわきりじょう)は、宮城県仙台市宮城野区岩切にあった峻険な日本の城(山城)。高森山にあることから、別名を高森城(たかもりじょう)という。周辺は高森山公園として整備されている。
岩出山城
岩出山城(いわでやまじょう)は、陸奥国(のち陸前国)玉造郡(現・宮城県大崎市)にあった日本の城(一国一城令ののち要害)。伊達氏以前は「岩手沢城」と呼ばれており、古くは足利氏一門で奥州探題であった大崎氏の家臣氏家氏の居城であった。
代山城
代山城(だいやまじょう)は、埼玉県さいたま市緑区代山にあった日本の城。
松森城
松森城(まつもりじょう)は、宮城県仙台市泉区松森にあった日本の城(山城)。本丸と二の丸の位置が鶴翼の陣形に似ていることから別名、鶴ヶ城(つるがじょう)とも言う。国分盛顕が移り住み、国分盛重が出奔した後は伊達家の所領となり、毎年、仙台藩の野初の舞台となった。 現在では一部が鶴ヶ城公園として整備されている。
稲庭城
稲庭城(いなにわじょう)は、秋田県湯沢市(出羽国)にあった日本の城(山城)。 別名:早坂館、鶴ヶ城、舞鶴城。
長谷堂城
長谷堂城(はせどうじょう)は、出羽国(羽前国)最上郡(山形県山形市長谷堂)にあった中世の日本の城(山城)。山の形から「亀ヶ城」とも呼ばれていた。
脇本城
脇本城(わきもとじょう)は、秋田県男鹿市脇本脇本にあった中世の日本の城(山城)。国の史跡。中世に安東氏の居城となった。
左沢楯山城
左沢楯山城(あてらざわたてやまじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘左沢(山形県西村山郡大江町)にあった日本の城。城跡は国の史跡である。
小国山城
小国山城(おぐにやまじょう/おぐにやまじろ)は、山形県西置賜郡(出羽国置賜郡)小国町小国小坂町地内にあった日本の城(山城)。
上山城
上山城(かみのやまじょう)は、山形県上山市にあった日本の城。別名月岡城。 戦国時代は最上氏の最南端の城塞であり、米沢の伊達氏や上杉氏との攻防の舞台となった。江戸時代は上山藩の藩庁が置かれた。城跡は上山市指定史跡。
高楯城
高楯城(たかだてじょう)は、山形県上山市の虚空蔵王にあった日本の城(山城)。別名亀ヶ岡城。
楯岡城
楯岡城(たておかじょう)は、山形県村山市楯岡楯にあった日本の城(中世の山城跡)。
天童城
天童城(てんどうじょう)は、山形県天童市天童にあった日本の城(山城)。
延沢城
延沢城(のべさわじょう)は、山形県尾花沢市にあった日本の城。別名霧山城、野辺沢城。国の史跡に指定されている。
畑谷城
畑谷城(はたやじょう)は、山形県東村山郡山辺町畑谷にあった戦国時代の日本の城(山城)。東黒森山の北西に位置する「館山」の山頂を本曲輪とし、各所に空堀を配した曲輪を築いていた。山辺町指定史跡。
桑折西山城
桑折西山城(こおりにしやまじょう)は、福島県桑折町にあった日本の城。現在の、JR桑折駅西部の丘陵一帯にあたる。戦国時代には、伊達氏が居城とした。城跡は国の史跡に指定されている。
桧原城
桧原城(ひばらじょう)は、福島県北塩原村にあった戦国時代の日本の城。別名小谷山城。1585年(天正13年)に米沢城主伊達政宗によって築城された。山頂部の標高は950m。現在は山頂部に空堀や土塁、郭、虎口などの遺構が残っている。
小栗城
小栗城(おぐりじょう)は、茨城県筑西市小栗にあった日本の城(山城)。小栗判官で有名な小栗氏の居城。戦国時代には宇都宮氏家臣小宅氏の居城にもなっている。
月居城
月居城(つきおれじょう)は、茨城県久慈郡大子町袋田(常陸国久慈郡大子村)にあった日本の城(山城)。 築城は、応永年間(1394年 - 1425年)といわれ、領主であり常陸守護である佐竹氏の庶家・北酒出氏の分家にあたる袋田氏により築城された。別称を袋田城ともいう。後に袋田氏が佐竹氏一門の小田野氏を相続することになり、袋田氏はその血脈を伝えながら断絶、主なき月居城は一時廃城となった。
依上城
依上城(よりがみじょう)は、茨城県久慈郡大子町(常陸国久慈郡大子村)にあった日本の城(山城)。
伊佐野城
伊佐野城(いさのじょう)は、栃木県矢板市大字下伊佐野小字堀之内にあった日本の城(山城)。築城者、築城年代は不詳。天正18年(1590年)廃城。別称として「堀之内館・堀内館」(ほんのうちやかた)。
乙畑城
乙畑城(おつはたじょう)は、栃木県矢板市大字乙畑にあった日本の城(山城)。平安末期築城、天正18年(1590年)8月30日廃城。乙幡城、小幡城などとも言う。
唐沢山城
唐沢山城(からさわやまじょう)は、栃木県佐野市富士町と栃本町にかけてあった日本の城。別名は栃本城、根古屋城、牛ヶ城。 「関東一の山城」と称される。城跡は国の史跡に指定されている。2017年には続日本100名城(114番)に選定された。
境林城
境林城(さかいばやしじょう)は、栃木県矢板市大字境林小字滝原台にあった日本の城(山城)。
寺山城
寺山城(てらやまじょう)は、栃木県矢板市大字長井小字武者嶽にある古代のチャシ。
堀江山城
堀江山城(ほりえやまじょう)は、栃木県矢板市大字館の川小字北久保にあった日本の城(山城)。平安末期築城、文禄4年(1595年)2月8日廃城。別称として堀江城、根小屋城。
山田城
山田城(やまだじょう)は、栃木県矢板市大字山田小字城山にあった日本の城(山城)。根小屋(根古屋)城とも呼ばれる。
岩下城
岩下城(いわしたじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町岩下地区(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。戦国期に吾妻郡に拠った吾妻斎藤氏の拠点とされる。吾妻斎藤氏が没落した後は武田氏家臣や周辺の武田方国衆が在城した。
手子丸城
手子丸城(てこまるじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町(上野国吾妻郡)にあった日本の城(山城)。草津街道や越後街道が分岐する要衝に位置し、岩櫃城と並ぶ吾妻郡の重要拠点であった。
根小屋城
根小屋城(ねごやじょう)は、群馬県高崎市山名町城山にあった戦国時代の日本の城(山城)。
柄杓山城
柄杓山城(ひしゃくやまじょう)、または桧杓山城は、群馬県桐生市北部の梅田町にあった日本の城。桐生氏の城。桐生城ともいう。「桐生桧杓山城跡」として桐生市指定史跡。
松井田城
松井田城(まついだじょう)は、群馬県安中市松井田町高梨子(上野国碓氷郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。諏訪城・小屋城・霞ヶ城・堅田城ともいわれる。「安中郭」が安中市指定史跡に指定されている。
丸岩城
丸岩城(まるいわじょう)は、群馬県吾妻郡長野原町(上野国吾妻郡横壁)にあった日本の城(山城)。
山上城
山上城(やまかみじょう)は、群馬県桐生市新里町山上にあった戦国時代の城。
山名城
山名城(やまなじょう)は、群馬県高崎市山名町前城(上野国多胡郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。別名前城・寺尾下城ともいわれる。天正18年(1590年)まで木部氏の要害城として用いられたとみられている。高崎市指定史跡。
赤山城
赤山城(あかやまじょう)は、埼玉県川口市にあった城。赤山陣屋とも呼ばれる。埼玉県指定文化財(旧跡)。
杉山城
杉山城(すぎやまじょう)は、埼玉県比企郡嵐山町(武蔵国比企郡)にあった日本の城。別名初雁城。
真鳥山城
真鳥山城(まとりやまじょう)は、埼玉県さいたま市桜区にあった日本の城。真鳥日向守城・真鳥城とも呼ばれる。